第25話

文字数 2,421文字

「人間。お前はなぜ戦争を止めたいんだ?」
 蟻人からいきなりそんなことを聞かれて、どう答えるか迷う。最初はただ、状況に流されながら、何となく自分の『正しい』と思うことをしてきた。この世界における人間の痕跡をさぐりながら、悲しくならない方法を探ったんだ。そして、里奈との戦闘で自分が何をしたいのかを考え、争いそのものを何とかして無くしたいと思えた。それがやはり『正しいこと』のように見えたからだ。だが、彼女の問いに対する自分なりの理由……。それをうまく言葉で表現できない。
「質問を質問で返すことになるが、リアンダさんは戦争を続けたいのか?」
「あたしはこれが戦争だと言う認識を持っていない。ただの捕食だ。生活の一部みたいにとらえている。そこにいる犬人なんて実にうまそうだ」
 イリュが見られてキョトンとした顔をしている。
 そうか……。そもそも争いではなく生きるための行為の一つという見方なのか。
「気をつけなさい。そこの犬人は下位種でありながらリューナと平気で打ち合う実力の持ち主よ。たぶんリアじゃ勝てないわ」
 里奈に忠告されてリアンダが少しだけ驚いた顔をしている。
「戦争と主張しているのはむしろあたしよ」
 里奈が説明してくる。
「これによって達成したい外交上の目的を持っているのはあたしだけだもの。それに加えて獣人を奴隷とすることで虫人たちの食の問題も解決できると言うだけよ」
 里奈はいちいち悪いのは虫人じゃなくて自分だと主張してくる。
「それで? お前の理由は?」
「俺は……」
 この答えで合っているんだろうか。
「みんなが悲しくならない世界をつくりたいんだ」
 この答えにリアンダとリディールカが顔を見合わせる。
「……壮大だな。具体的にどんなことをしていきたいんだ?」
「今は、とりあえずこの戦争を終わらせたいと思っている」
「戦争が終わっても悲しい人は減らないぞ。むしろ増えるかもしれない」
「どういうことだ?」
 リアンダが俺の方を見る。出会ったときよりは少しだけ敵意が薄れているように見える。
「蟻人はな。繁殖力が強すぎるんだ。令虫が山のように生まれる。全部を養うなんてとてもじゃないが無理だ。戦争で適度に数を間引きできる方が実は都合が良かったりする」
 ……数を、間引く?
「もちろん生まれてきた命だから大切にはしたい。だがあまりにも多い。そしてどいつもこいつもあたり構わず食い散らかす。そのくせ労働力としてはあまり期待できない。知性もないし、細かい作業ができないからな。だから戦争は都合がいいんだ。相手をただひたすらに喰いに行く。それでいて殺されたところであまり問題が生じない」
「じゃあ……戦争が仮に終わっても……」
「令中の扱いで蟻人は間違いなく困るだろうな。お前の言葉を使えば悲しい人が出るだろう。今ですら交尾にはかなりの制限が課せられている」
 少しだけ安心する。そんな生き物が世の中に出てきたら蟻人で世界は埋め尽くされてしまうんではないだろうか。
「お前、今少し安心したか?」
 心を見透かされてドキッとしてしまう。
「それは半分正しいが半分は間違っている。人間の性欲がどのようなものかは知らんが、あたしたちにだってそれはある。交尾ができないと言うのはそれだけで大きな不満となっているんだ。戦争をやめたら交尾に対する制限はさらに厳しくなるだろう。他の種族は平和になっても、あたしたちの生活状況はさらに悪化することになる」
 戦争をしている方が……幸せだと言うことか? どうしてもそれが正しいことのようには思えないが、彼女の説明に反論することもできない。
「争っている方が幸福な種族もいるんだ。蝉人も私たちとは違った事情で戦争がなくなれば不幸になるだろう。獣人にもそう言う種がいるのではないのか?」
 この言葉を言われたとき、イリュやポチが言っていた言葉を思い出す。獣人にとってこの戦争は都合がいいと。戦争がなくなれば奴隷になる種や絶滅する種が出ると。

 俺が……間違っているのか……。

 争うことの方が正しいと言うのか? 彼女の言う問題を争う以外の方法によって解決する手段があるように思えない……。俺が他より優れているのは魔法だろう。この異世界において、魔法はチートのような武力を与えてくれている。でも、この力をいくら使ったとしても解決手段があるとは思えない。

「諦める気になった? 通常の手段では解決できないの。彼女たちの問題を解決できるとしたら、それこそ神々に頼るのが一番早いわ。でも彼らはそんなことに一切興味がない」
「里奈は神人に会ったことがあるのか?」
「ええ。あたしの創造主は神楽様よ。あたしたち悪魔や虫人、爬人を創造されている。とても冷酷な方よ。あたしたちになんてほとんど興味がない。けど、たまに生まれる強種族を連れ去っては解体しているわ。甲人がそうね」
「里奈は強いのに連れていかれないのか?」
 里奈の表情が氷のように冷たいものへと変わる。
「あたしは連れていかれてないわ。悪魔種って何人かいるんだけど、彼女たちの話を統合するに、あたしたちの種はね。……もう連れていかれた後だと思うの」
「連れていかれた……あと?」
「そう。もう一通りの解体や解析が終わって用済みになったから、こうやって解体未使用の個体が地上に捨てられたって感じ」
 なんだ、それは。それじゃあまるで――。
「まるでゴミを捨てるかのようよね。神人にとってあたしたちはただの実験動物よ。前にも言ったでしょう。神人はあたしたちが生きていようが死んでいようがどうでもいい」
 リアンダとリディールカが俺に殺意を向けた時以上の怒りの表情を見せる。
 ポチも、神人のたしか楓とか言う奴に怒っていた。神人は野人や獣人を生き物とは思っていないと。この点はどうやら共通しているようだ。たしかに里奈の言う通り、各種族の諸問題を解決するよりも、大元の神人をどうにかする方が先のように見える。彼らがいる限り問題は発生し続けるわけだ。
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