第２０話
文字数 3,626文字
相手は恐らく個体能力も高い上に戦闘経験も豊富であろう。俺が勝てる要素はなんだ。考えろ。考えるんだ。がむしゃらで戦ったって勝てる相手ではない。この世界が想いだけでどうにかなるほど甘くないことは学習済みだ。今やっているのは命の奪い合い。決してゲームなんかではない。イリュとココアは、俺が守って見せる。
俺は里奈に向かって熱魔法を連打する。
当然ワープで避けられるがそんなのは想定済み。
「ココアはイリュを守ってくれ！」
そう叫びながら、自分の背後に重力魔法と滞空電気魔法を多数展開する。反発力を生む重力魔法は盾として非常に優秀だ。こうして自身の背後に設置しておけばいくら視界外にワープできようともあの悪魔だって不意打ちはし辛いはず。加えて滞空電気魔法。背後から不用意に近寄ればそれだけで感電する。これだけやれば不意打ちはまず不可能なはず。
「当たらないわよそんなの。Ｌシステムは展開時に見えるもの」
彼女の言葉に構わず熱魔法の連射を続ける。
ガトリング魔法は無限に撃てるし二重にも三重にも展開可能だ。
「いいのかしら。そんなに使ったらすぐ息切れしちゃうわよ」
息切れ？ しない。ミオの言葉を信じれば俺は無限に撃てるはず。
里奈は縦横無尽に何度もワープを繰り返しながら俺の攻撃を避けていく。
「さあ、死になさい」
『右です』
ミオからの警告が脳内に響く。
突然側面から彼女がビームサーベルを振り下ろしてくる。
ミオのおかげで何とか頭は反応できた。問題は体を咄嗟に動かせるか。頭は回っているが、体はそこまで鍛えられていない。
動け。
サーベルが迫る。
動け。俺の体！
頬を剣先がかすめていく。
飛行魔法も併用しながら、ぎりぎり避けることができた。頬は少しえぐられたが、命に係わるレベルではない。
そして、今度はこっちの番。お前は連続でワープができない。これまでの回避を見るに、次のジャンプまで、数秒は必要なはず。
ここぞとばかりにガトリング魔法を連射していく。
だが、彼女はそれを半透明の盾のようなものを空間から取り出して防いでいく。
普段ワープで避けていたのは生身が脆いからだろう。だが、ワープの隙を狙われるのは誰だって想定できることだ。彼女がこの盾を用意していたのも納得はできる。一方、盾を常に使わないのは、使用に関する何らかの制約があるからだと推測される。でなければ常時展開すればいいだけのはずだ。
まだ手はある。魔法は何も手の先からだけしか出せないわけじゃない。任意の場所から攻撃することができる。
彼女の背後から撃ち込む形で熱魔法を放つ。
だが、これに関しては体を捻ることで避けられてしまう。
……どうやって魔法を認識した？ 完全に視界外だったはず。そう言えば蜘蛛人はどんな魔法が発動されるかを検知していた。似たような探知機能を持っているのかもしれない。
里奈はいったんワープで距離を取る。
「ふぅ、強いわね。リューナやミレングを圧倒するだけのことはあるわ」
「リューナ？」
「あなたが助けた蜘蛛人よ。かなり強い部類だから負けて帰ってきたときは驚いたわ。まったく、使えない子たちだわ。せっかくあたしがレゴーをかすめ取ってあげたのに」
里奈がわざとらしくため息を吐く。
「……お前は、虫人たちのことを何だと思っているんだ？」
「あらあら。大切な仲間、とでも言って欲しいの？ あなたはいつまでたっても何もわかっていないのね」
彼女の表情と声色が一変する。
「何度も言ってんだろ。命を懸ける事情があんだよ。この世界がそんな好意でどうにかなる状態にないってことをいい加減わかれよ」
熱のこもっていない刺すような彼女の声が耳の奥まで響く。
「いつまでもそうして仲良しこよしの世界を生きていればいいわ。ある日突然脅威がやってきてすべてをなぎ倒していく」
「脅威？ 何の話をしている？」
「昔ね、甲人と言うカブトムシの種族がいたの。素材構成子に優れていて、すごく強かったわ。眷属種として神々に生み出されたのに、すぐに上位種に格上げされることになった。あのときはあたしも友としてそれが誇らしかった。けどね。違うのよ」
初めて、里奈の表情にゆがむ。
「甲人はすべて神人に連れ去られた。そして今でも彼らの生体実験は続けられている。今でもよ！ 私はその現場まで見せられた！」
里奈が吐き捨てるように言葉を続ける。
「お前は生きたまま体を割かれるのを見たことがあるか！ 生きたままはらわたを抜き出されるのを見たことがあるか！ 生きたまま脳がばらされていくのを見たことがあるか！」
彼女の声が部屋に鳴り響く。
「悲痛に叫ぶ彼らを助けることすらできない！ あたしたちは神々の実験動物なんだ！ 結託して神々に対抗しなければならない。眷属なんて捨て置けばいい。どうせ神々との戦いでは役に立たない。殺し合おうが。喰い合おうが勝手にすればいい。なのに、野人たちは獣人を守ることにばかりに精を出している」
神々の……実験動物？
ポチは言っていた。神々は万能ではないと。不完全な種ばかりが生み出されていると。
「神々は新たな種を生み出してはそれを捨てていく。運よく強い者ができれば連れ去って生きたまま解体し放題だ！ そんなの到底許されることじゃない！ 獣人がどうとか虫人がどうとか言っている状況じゃない！」
彼女の悲痛さが伝わってくる。
「人間のお前は見たことがあるはずだ！ 食料のため、医療のため、研究のためと多くの種族で似たことをしていたはずだ！」
いきなりそんなことを言われてたじろいでしまう。自分事としてそんなことを考えたことはない。それに普通の動植物には知性はないし、そう言った行為は倫理観を持て行われていたはずだ。決して無為に殺されていたわけではないはず。
そんな俺の態度を見て、彼女は鼻で笑ってくる。
「わかっていないんだろう？ お前は最初見た時から何もわかっていなかった。今も分かろうともしていない。生き物が生きるということの意味を理解していない！」
「だが、お前だって、虫人に肩入れしているんじゃないのか」
「ああそうだ！ 虫人は進化の速度が速い。蜘蛛人は昔はもっと弱かった。なのに今は筆頭戦力になるレベルだ。彼らは神々の対抗戦力になり得る可能性を秘めている。それに、これは蜘蛛人だけじゃない。他にも強くなっている種は多くいる。ならば彼らに肩入れするのは当然よ。それが虫人ではなく獣人だったらあたしは獣人に肩入れしに行っていたわ」
「じゃあ……なんでポチを殺したんだ。彼は神人への対抗戦力足り得るだろう？」
「野人の三名はいずれも獣人を守ることしか考えていない。いくら私が説得しても聞き入れようともしない。だからまず虫人が戦争に勝利する。そうすれば彼らもやりようがなくなるわ。そのために一人はいなくなってもらう」
なんだそのやり方は。仲間になってもらうために一人殺すなんて、絶対に間違っている。そんなので言うことを聞くようになるとはとても思えない。それに、その場合獣人はどうなるんだ。役に立たないならどんな生物だろうと殺していいと言う理屈なのか。
「獣人は虫人の餌になれってことか？ そんな方法おかしい！ 絶対に間違っている！」
「承知の上よ。彼らには生存競争に負けてもらう。神々に勝つために」
「正気の沙汰じゃない」
「わたしが正気なわけないでしょ！」
里奈が肩を震わせる。
「こんなやり方が正しいなんて思っていない！ でも神々には非情にならないと勝てない！ 勝てなければまた大切なものが奪われていく。だったらあたしは心を悪魔にでもなんでもする！ この地獄のような世の中を変えてみせる！」
里奈が空間中からライフルのようなものを取り出し構える。
「水桜優真。あなたは強いわ。私の仲間になりなさい。私と戦ったところで、後ろにいる二人を真の意味で守ることはできない」
「お前の仲間になったらイリュとココアは虫人に食われるだけなんだろう？」
「そうよ。代わりにリューナとミレングがあなたを支える。蜘蛛人まだまだ強くなる。いずれ上位種になれる存在よ」
「断る。里奈の事情はわかったが、その方法にまでは賛同できない」
里奈が唇を噛む。
「……なんでなのよ。あなたたちは……みんな……！」
彼女が息を一つ吐く。
「……はぁ……。そう。じゃあ死になさい」
震える声を吐きながら、里奈がライフルを乱射してくる。
こちらも熱魔法を再び連打しまくりながら、飛行魔法で逃げ回る。
ワープを繰り返しながら四方八方から攻撃が飛んできて、俺は対応に迫られる。こんなのを避ける経験なんて一度もない。重傷は何とか避けられているが体に生傷が増えていく。
「優しさだけじゃ世界は救えない！ 奪われるだけよ！」
熱魔法に加えて周囲に多数の重力魔法を展開するが、すべて読まれている。あまり効果を果たしていない。
再びワープ。彼女の姿が消える。
『右です』
里奈の攻撃だ……！
「さようなら」
俺は里奈に向かって熱魔法を連打する。
当然ワープで避けられるがそんなのは想定済み。
「ココアはイリュを守ってくれ！」
そう叫びながら、自分の背後に重力魔法と滞空電気魔法を多数展開する。反発力を生む重力魔法は盾として非常に優秀だ。こうして自身の背後に設置しておけばいくら視界外にワープできようともあの悪魔だって不意打ちはし辛いはず。加えて滞空電気魔法。背後から不用意に近寄ればそれだけで感電する。これだけやれば不意打ちはまず不可能なはず。
「当たらないわよそんなの。Ｌシステムは展開時に見えるもの」
彼女の言葉に構わず熱魔法の連射を続ける。
ガトリング魔法は無限に撃てるし二重にも三重にも展開可能だ。
「いいのかしら。そんなに使ったらすぐ息切れしちゃうわよ」
息切れ？ しない。ミオの言葉を信じれば俺は無限に撃てるはず。
里奈は縦横無尽に何度もワープを繰り返しながら俺の攻撃を避けていく。
「さあ、死になさい」
『右です』
ミオからの警告が脳内に響く。
突然側面から彼女がビームサーベルを振り下ろしてくる。
ミオのおかげで何とか頭は反応できた。問題は体を咄嗟に動かせるか。頭は回っているが、体はそこまで鍛えられていない。
動け。
サーベルが迫る。
動け。俺の体！
頬を剣先がかすめていく。
飛行魔法も併用しながら、ぎりぎり避けることができた。頬は少しえぐられたが、命に係わるレベルではない。
そして、今度はこっちの番。お前は連続でワープができない。これまでの回避を見るに、次のジャンプまで、数秒は必要なはず。
ここぞとばかりにガトリング魔法を連射していく。
だが、彼女はそれを半透明の盾のようなものを空間から取り出して防いでいく。
普段ワープで避けていたのは生身が脆いからだろう。だが、ワープの隙を狙われるのは誰だって想定できることだ。彼女がこの盾を用意していたのも納得はできる。一方、盾を常に使わないのは、使用に関する何らかの制約があるからだと推測される。でなければ常時展開すればいいだけのはずだ。
まだ手はある。魔法は何も手の先からだけしか出せないわけじゃない。任意の場所から攻撃することができる。
彼女の背後から撃ち込む形で熱魔法を放つ。
だが、これに関しては体を捻ることで避けられてしまう。
……どうやって魔法を認識した？ 完全に視界外だったはず。そう言えば蜘蛛人はどんな魔法が発動されるかを検知していた。似たような探知機能を持っているのかもしれない。
里奈はいったんワープで距離を取る。
「ふぅ、強いわね。リューナやミレングを圧倒するだけのことはあるわ」
「リューナ？」
「あなたが助けた蜘蛛人よ。かなり強い部類だから負けて帰ってきたときは驚いたわ。まったく、使えない子たちだわ。せっかくあたしがレゴーをかすめ取ってあげたのに」
里奈がわざとらしくため息を吐く。
「……お前は、虫人たちのことを何だと思っているんだ？」
「あらあら。大切な仲間、とでも言って欲しいの？ あなたはいつまでたっても何もわかっていないのね」
彼女の表情と声色が一変する。
「何度も言ってんだろ。命を懸ける事情があんだよ。この世界がそんな好意でどうにかなる状態にないってことをいい加減わかれよ」
熱のこもっていない刺すような彼女の声が耳の奥まで響く。
「いつまでもそうして仲良しこよしの世界を生きていればいいわ。ある日突然脅威がやってきてすべてをなぎ倒していく」
「脅威？ 何の話をしている？」
「昔ね、甲人と言うカブトムシの種族がいたの。素材構成子に優れていて、すごく強かったわ。眷属種として神々に生み出されたのに、すぐに上位種に格上げされることになった。あのときはあたしも友としてそれが誇らしかった。けどね。違うのよ」
初めて、里奈の表情にゆがむ。
「甲人はすべて神人に連れ去られた。そして今でも彼らの生体実験は続けられている。今でもよ！ 私はその現場まで見せられた！」
里奈が吐き捨てるように言葉を続ける。
「お前は生きたまま体を割かれるのを見たことがあるか！ 生きたままはらわたを抜き出されるのを見たことがあるか！ 生きたまま脳がばらされていくのを見たことがあるか！」
彼女の声が部屋に鳴り響く。
「悲痛に叫ぶ彼らを助けることすらできない！ あたしたちは神々の実験動物なんだ！ 結託して神々に対抗しなければならない。眷属なんて捨て置けばいい。どうせ神々との戦いでは役に立たない。殺し合おうが。喰い合おうが勝手にすればいい。なのに、野人たちは獣人を守ることにばかりに精を出している」
神々の……実験動物？
ポチは言っていた。神々は万能ではないと。不完全な種ばかりが生み出されていると。
「神々は新たな種を生み出してはそれを捨てていく。運よく強い者ができれば連れ去って生きたまま解体し放題だ！ そんなの到底許されることじゃない！ 獣人がどうとか虫人がどうとか言っている状況じゃない！」
彼女の悲痛さが伝わってくる。
「人間のお前は見たことがあるはずだ！ 食料のため、医療のため、研究のためと多くの種族で似たことをしていたはずだ！」
いきなりそんなことを言われてたじろいでしまう。自分事としてそんなことを考えたことはない。それに普通の動植物には知性はないし、そう言った行為は倫理観を持て行われていたはずだ。決して無為に殺されていたわけではないはず。
そんな俺の態度を見て、彼女は鼻で笑ってくる。
「わかっていないんだろう？ お前は最初見た時から何もわかっていなかった。今も分かろうともしていない。生き物が生きるということの意味を理解していない！」
「だが、お前だって、虫人に肩入れしているんじゃないのか」
「ああそうだ！ 虫人は進化の速度が速い。蜘蛛人は昔はもっと弱かった。なのに今は筆頭戦力になるレベルだ。彼らは神々の対抗戦力になり得る可能性を秘めている。それに、これは蜘蛛人だけじゃない。他にも強くなっている種は多くいる。ならば彼らに肩入れするのは当然よ。それが虫人ではなく獣人だったらあたしは獣人に肩入れしに行っていたわ」
「じゃあ……なんでポチを殺したんだ。彼は神人への対抗戦力足り得るだろう？」
「野人の三名はいずれも獣人を守ることしか考えていない。いくら私が説得しても聞き入れようともしない。だからまず虫人が戦争に勝利する。そうすれば彼らもやりようがなくなるわ。そのために一人はいなくなってもらう」
なんだそのやり方は。仲間になってもらうために一人殺すなんて、絶対に間違っている。そんなので言うことを聞くようになるとはとても思えない。それに、その場合獣人はどうなるんだ。役に立たないならどんな生物だろうと殺していいと言う理屈なのか。
「獣人は虫人の餌になれってことか？ そんな方法おかしい！ 絶対に間違っている！」
「承知の上よ。彼らには生存競争に負けてもらう。神々に勝つために」
「正気の沙汰じゃない」
「わたしが正気なわけないでしょ！」
里奈が肩を震わせる。
「こんなやり方が正しいなんて思っていない！ でも神々には非情にならないと勝てない！ 勝てなければまた大切なものが奪われていく。だったらあたしは心を悪魔にでもなんでもする！ この地獄のような世の中を変えてみせる！」
里奈が空間中からライフルのようなものを取り出し構える。
「水桜優真。あなたは強いわ。私の仲間になりなさい。私と戦ったところで、後ろにいる二人を真の意味で守ることはできない」
「お前の仲間になったらイリュとココアは虫人に食われるだけなんだろう？」
「そうよ。代わりにリューナとミレングがあなたを支える。蜘蛛人まだまだ強くなる。いずれ上位種になれる存在よ」
「断る。里奈の事情はわかったが、その方法にまでは賛同できない」
里奈が唇を噛む。
「……なんでなのよ。あなたたちは……みんな……！」
彼女が息を一つ吐く。
「……はぁ……。そう。じゃあ死になさい」
震える声を吐きながら、里奈がライフルを乱射してくる。
こちらも熱魔法を再び連打しまくりながら、飛行魔法で逃げ回る。
ワープを繰り返しながら四方八方から攻撃が飛んできて、俺は対応に迫られる。こんなのを避ける経験なんて一度もない。重傷は何とか避けられているが体に生傷が増えていく。
「優しさだけじゃ世界は救えない！ 奪われるだけよ！」
熱魔法に加えて周囲に多数の重力魔法を展開するが、すべて読まれている。あまり効果を果たしていない。
再びワープ。彼女の姿が消える。
『右です』
里奈の攻撃だ……！
「さようなら」
