第12話

文字数 3,495文字

 前哨基地には数多くの天幕が張られ、獣人たちが戦闘準備を行っていた。俺たちは着いて早々軍団長の天幕に向かう。どうも最初に挨拶をしなければならないらしい。だが、天幕に入った途端、親の仇でも見るかのように一匹の狼人に睨まれた。
「フン、お前が報告にあった人間か。絶滅したんではなかったのか」
 出会って二秒で喧嘩を売られた。
「ポチ様の命だ。俺たち三人もこの戦いに参加するぞ」
 そう言ってココアは軍団長と思しき金色の毛並みが混じった狼人に手紙のようなものを渡す。その紙にサラっと目を通して、忌々しいものを見るようにこちらを睨みつけてくる。
「ココア、俺はこの人間を認めたわけではないぞ。配置は冷遇するが構わないな」
 本人の前でずいぶんな言い様だ。
「大丈夫だ。ポチ様はそのあたりもご承知だろう。こいつの強さは本物だ」
 そんなに買いかぶられてしまうのも困ってしまう。ただ、ここ数日の魔法の練習からすると、虫人相手であればそこまで苦労はない気がする。命を奪うことに抵抗感はあるが、悪魔種の里奈の言う通り、ある程度の『仕方がない』を俺も受け入れていかないといけない。いつまでもうじうじしていては前にも進めない。せっかく人類の手がかりが掴めそうなのだ。むろん無為な戦闘や不当な攻撃は行わないようにするつもりである。
「ほぉ、それは楽しみだな。俺としてはレゴーを取り返せるかこいつの死体が見れるかの二択だ。どちらに転んでもいいというわけだ」
 なぜこんなに恨まれているんだ。と思っていたら、イリュが耳打ちしてくる。
「彼、親を人間に殺されているの。たぶんその憂さ晴らしだと思うよ」
 どうやら本当に親の仇だったらしい。
「完全なとばっちりじゃん……」
 と思ったのだが、ちょっと待て。こいつの親世代が人間に殺された? ってことは人類が滅んだのはつい最近ということではないだろうか。
 俺の中で期待が膨らむ。なら天使の地と言うところには早く行った方がいい。生き残りがいる可能性はかなりある気がする。
「殺した殺されたはよくあることだよ。むしろあんな風に尾っぽ引きずってる方が珍しい」
 まあ、あなた方には立派な尻尾が生えてますしね。
「たしかに、これだけ種がたくさんいると争いは絶えないだろうな」
「そこ! こそこそ喋っているな!」
 軍団長に怒られた。
 獣人たちは三方からレゴーの砦に攻め入るらしい。この砦は石造りのそれなりに大きなもので、切り立った崖の上に建設されている。天然要塞と言うのはまさにいい得て妙だ。要塞に攻め入るための道は狭い一本道しかない。ただ、虫人も全員が砦に入りきらないほどいるのか、崖の麓にも多数の虫人たちが展開している。俺たちのそんな中で正面の最も数多くの敵を相手にしなければならない配置となった。
「基本戦術は優真の火力でどんどん前に出る。団人が前衛として出てくるが大丈夫か?」
「すまん、団人がわからん」
 ココアが絶句する。
「……はぁ。お前は本当に蜂人を撃退したやつなのか? 背中に硬い鎧をもつ種だ。通常前衛として盾代わりに出てくる」
「まあたぶん大丈夫だと思う」
「あたしはー? あたしはどうすればいいのー?」
「俺たちは優真の護衛だ。正面戦力を叩き潰せれば敵の士気は総崩れする。普通そんな真似はできないが、優真ならできると思う」
「なあ、俺って地面から攻撃した方がいい? なんなら空から攻撃してもいいけど」
「……ちょっと待て、お前は空を飛べるのか?」
「あ、ああ、空の奴らは任せろって言ったじゃん」
 ココアが固まる。あー、これ勘違いさせちゃったパターンだ。
「すごーい、空飛べるんだ! いいなぁ、あたしも飛びたい!」
 呑気なイリュとは対照的だ。ココアは大きく咳ばらいをしながら落ち着きを取り戻そうとしている。
「わかった。まずは地上で戦ってくれ。空を飛べることは切り札としておきたい」
 俺はこれに了承の意を告げる。別に空を飛ぼうが地上からだろうが魔法は普通に撃つことができる。強いて言うなら空の方が視界が通っているというところだろうか。
 いずれにしても楽しみだ。戦いに行くのに楽しみだと言うのは不謹慎だが、魔法は相当な応用幅があることがわかった。いろいろ試してみたいこともある。自分の用意した手札がどれだけ通用するか。
 あっという間に戦闘開始の時間となる。周囲には多くの狼人と河馬人、そして豚人がいる。彼らの突撃に合わせて俺たちも突撃を開始する。
「正面に味方をよせないでくれ。同士討ちになってしまう」
 ココアが了解の意を示す。
 俺は走りながら、魔法を発動させる。まずはこの前ミオが詠唱で顕現させていたガトリング魔法だ。この魔法を無詠唱で発動させるための感覚はすでに掴んでいる。
 再びあの青白い光の連打を叩きこむ。
 正面に背中を向けて構えている団人たちを一掃していく。団人と言うのはどうやらダンゴムシの異種族だったらしい。体よりはるかに大きい甲羅を背負った人って感じだ。硬い甲羅は物理的な攻撃であれば傷を負わせることが難しいだろうが、発動させている熱魔法には脆いようだ。団人たちは段ボールの盾で身を守っているかのごとく倒されていく。
「いいぞ優真! 正面を叩き割れ!」
 団人は背中以外が弱点となる。背を向けて隙間なく一列に並ぶことで、こちらが入るスキをつくらなくしているのだが、俺の攻撃の前では無意味だ。虫人たちの防御網に穴ができたことで、そこへ獣人たちが群がるように突っ込んでいく。
 周囲は徐々に隊列行動から混戦へと移行している。味方を撃たないようにしないといけないため、こうなると魔法は役立ちづらい。一対一をベースに戦っていくことにする。
「優真さん! 蜂人が来た!」
 イリュの声と共に、蜂人たちの飛来を確認する。
 飛行魔法で少し浮かび射線を取る。
 こいつらが熱魔法で簡単に死ぬことは既に知っている。魔法の応用幅を確認するためにも、ここはいろいろ試すべきだ。自動追尾するものからマニュアルで操作するもの、広範囲で攻撃するものなどを色々な魔法を発動させていく。蜂人たち何とか回避しようとしているが、あまりうまくいっていない。次々に黒い物体となりながら撃墜されていく。
 相手は地上と空でこちらを挟撃するつもりだったのだろうが、虫人側はどちらも押されている。空に関しては俺の魔法により全滅の様相だ。
 しばらく戦闘をしたところで、右翼の方から一際大きい雄叫びが聞こえてくる。
「蜘蛛人だ!」
 ココアが驚愕している。
「ついてきて! 二人で一体を抑える! 優真さんが撃墜して!」
 ココアとイリュが疾走する。
 蜘蛛人と呼ばれたそいつは前の世界で言うところのアラクネという奴だろう。女の人の上半に蜘蛛の下半。純白の体に八本ある脚の前二本は鎌のようになっている。そして、蜘蛛の体にある八つある目は真っ赤に燃えているようだ。
 ココアの表情からおそらく強いのであろう。二人が蜘蛛人と激突する。
 イリュとココアが猛撃を加えているが、蜘蛛人はいくつもの糸を出し彼らの攻撃を防いでいる。それどころか、鋭い切れ味を持つ斬糸により生傷をつくっていっている。
 俺は熱魔法を発動させる。今のところこれが効かなかった虫人はいない。
 だが、この蜘蛛は例外だった。青い糸を振り回し、俺の魔法をかき消していく。
「効かない……? なら別の種類!」
 今度は電気の魔法を走り込みながら打ち込む。電気魔法は近くに生物や金属物があると外れることがある。だが、二人はちょうど離れたところだ。このタイミングなら問題ない。
 蜘蛛人は、今度は黄色く輝く糸を出し、先ほどと同じように電気魔法を打ち消していく。
 くそ、対抗手段をちゃんと持ち合わせているな。
 蜘蛛人が俺を脅威と認識し鎌を振りかぶってくる。蜘蛛糸をいくつも飛ばしてきているが、これに関しては飛行魔法でしっかりと避ける。俺は近接戦闘が得意ではない。それがわかってかイリュが盾になるように切り込む。しかし、容易く受けられてしまい、反撃で彼女は右手を負傷した。
 熱も電気も防がれる。でも、まだ手はある!
 重力魔法で蜘蛛人を抑え込む。急な重力加速度を受けて、蜘蛛人の動きが鈍る。
「イリュ、ココア近づくな!」
 よし、このまま熱魔法を――!
 だが、蜘蛛人は力任せにこの重力場を逃れてくる。
「な……!」
 一体何倍の重力がかかっていると思っているんだ。
 眼前に蜘蛛人が迫り、鎌を掲げる。
「優真さん!」
 イリュが負傷した腕を抑えながらこちらへ向かってくるが間に合わない。
 鎌を振り上げ――。
 イリュとココアが息をのむ。
 俺を完全に。
 ――両断した。
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