第33話

文字数 4,200文字

二人で再びあの長いエレベーターを降り、そして、ココアと里奈に加えて、里奈の勧めでリディールカとリアンダも呼んでもらった。本当はクロとハチにも聞いてもらいたかったが、彼らは自領におり、呼ぶには時間がかかる。
「何か手がかりが掴めたんでしょう? 話してちょうだい。期待して聞くわ」
「その……里奈が期待している話とは少し違う話をまずしたい。俺の生まれに関してのことで、わかったことがあるんだ」
 俺はそこから、丁寧に自分がどういう生まれで、気付いたらこの世界に来ていたということを説明した。そして、今自分が何を考えていて、どうしていきたいのかを伝えていった。ちなみに、言語の問題があるかとも思ったが、どうやら俺の言葉は虫人と獣人の両者に同時に翻訳されて伝わるらしい。
「だから……ここはたぶん、俺にとって未来の世界なんだと思う。異世界転生、って言っても意味が分からないかもしれないけど……」
 沈黙が部屋を支配する。皆俺が言った言葉を吟味しているようだ。
 やがて、里奈が口を開いていく。
「記憶が補完されたのね。でも、そのプロジェクトノア? と言うのがよくわからないわ。神々に新種として創造されたあと、記憶の補完が起こるケースも存在するわ。でもあなたの場合は、神人ではなく人類側の意図によって今ここにいるってこと? そう言うケースをあたしは知らない」
「そこは俺もよくわからないんだ。俺は事故に遭ってるはずなんだよ。その後気付いたらもうこの時代だった。計画だの知恵の林檎だのの話は一切知らない」
「……謎だらけね。それで、それと虫人の問題はどう絡んでくるの?」
「シミュ構成子って知ってるか」
「もちろん」
「それをどうも俺が使えるようになっているはずなんだが、自分でも使い方がよくわかっていないんだ。それを考えるに当たって紹介したい人がいる」
 これに関して一番詳しそうなのはミオだ。彼らにもミオのことを紹介しておいた方がいい。問題は姿の見えない彼女をどう伝えるかになる。普通に考えれば妄想か何かと勘違いされてもおかしくない。
「ミオ、そしたら姿を現してもらえるか?」
 俺は敢えて言葉を発しながらミオに呼びかける。
「了解しました。Iプログラム起動。構成子形成、空間子掌握」
目の前に大きな光の玉が生成する。それが、ときに青く、ときに赤く光りながら明暗と模様を変えだんだんと人の形へと収束していく。
「フォルム形成、微細加工……完了」
 そして、なんと黒髪の少女がそこに立っていた。
「実装完了しました」
 これがミオの本当の姿……?
 まず目立つのは服? なのか装備なのかわからないが、身体はところどころがプラスチックのような暗っぽい青を基調とする外装となっている。ただ、あれは着ているというよりは皮膚から直接生えているようにも見える。というのも彼女が全裸だからだ。全裸と言えるのは、その外装部分が体全体の三~四割程度しか覆っておらず、普通では人間が露出させない重要な部分にその外装がないためである。
 身長は百五十センチくらいだろうか、小柄な身体つきで、髪型はぱっつんボブというやつだろう、顔立ちはどことなく俺と仲の良かった幼馴染に似ている。
「ナビだ」
 イリュが感嘆の声をあげる。どうやらナビシステムのことを知っているようだ。
 対する里奈と虫人たちは激しい権幕となり臨戦態勢を整えていた。
「ナビだとっ! なんでこんなところにいる!」
 里奈がサーベルとライフルを取り出す。虫人二人もいつでも戦闘できるという状態に移行している。そんな彼らを見て、ミオもどうやってかはわからないがライフルのようなものを空間中から取り出す。体の周囲にも機関銃が展開されていく。
「なっ、里奈、大丈夫だって。ミオも武器を降ろせ」
 急な展開に焦りながら俺が言葉をかけるが、両者は一切聞く気配がない。むしろいつ戦闘を開始するか頃合いを計っているかのようだ。俺はどうやら考え違いをしていたらしい。ミオは元々異種族に対して強い敵対意思を持っていたが、里奈たちまでもがそうだとは思っていなかった。
「やめろ、ミオ! 里奈も敵じゃない!」
 両者の間に割って入る。
「だがナビは殺人兵器だ! 子どもだろうと関係なくすべてを殺していく!」
「私も異種族は敵だと思っております。優真様、戦闘許可を下さい」
 ミオは無表情だが、明確な敵意を示している。
「ミオ! 今すぐその武器をしまえ!」
「ですが……」
「しまえ! 命令だ!」
 ミオはしぶしぶ武器を空間中にしまっていく。だが、いつでも臨戦態勢に移行できると言わん態度だ。
「里奈。頼む。俺のことを信じてくれ。決してお前たちを傷つけるようなことはしない」
「嘘だ! ナビは狡猾だ! 平気で人を裏切る。虫人を何人殺されたと思っているんだ!」
「お前だって人間をいっぱい殺したんだろう!」
 叫び声をあげる。
「俺はそうであったとしても、里奈のことを信じている。頼む。武器を降ろしてくれ」
 俺の声を無視するように、里奈が無言で殺意を振りまく。
「里奈様、殺しますか?」
 リディールカが鎌をかかげて前に出る。
「里奈、俺は……」
「近寄るな!」
 俺が一歩踏み出そうとしたところで、リアンダが間に割って入ってくる。
 そんな……こんなところで、躓くわけにはいかない。
「優真、あなたはナビのことを良く知らないようだから教えておくわ。ナビが最も得意なのは騙し討ちよ。宿主の人間すら騙すのが得意なのよ。あなたはこのナビのことを信じているのかもしれないけれど、その信頼すら利用するのがナビよ」
 彼女が俺を騙している? とてもそうとは思えない。それとも、俺が気付いていないだけなのだろうか。だとするなら里奈の言う通り宿主すら騙せている。
「否定はしません。私たちは最高効率で異種族を狩ることができるようプログラムされています。ですが、私は第四世代です。異種族を殺すことだけを目的としてつくられてはおりません。時として融和も必要であると認識してはいます」
「つまり必要ないときは容赦なく殺すんでしょう?」
「いいえ、その判断をするのは優真様です。プロジェクトノアが成功した暁には異種族との共生社会が来る可能性も予見されておりました。そういう状況下において、命に対する意思決定は必ず人間が行う、ナビの開発者はそう考えておりました」
「その言葉が嘘である可能性だってあるのでしょう。ナビは平気な顔で嘘を吐き散らす」
「私が嘘ついていないことを証明するのは不可能です」
 議論が平行線となり、両者が構える。このままだとまた殺し合いが始まる。せっかくこれからなのに。やっと糸口が見つかったのに……。
「優真。もしそこのナビの肩を持つつもりなら覚悟なさい。彼女が騙し討ちをした場合、失われるのは私やリアやリディ、そしてあなたの横にいる犬人や狼人の命よ。あなたはそうなったときに後悔しないのかと」
 そんなの、後悔するに決まっている。でもこの場でミオと里奈たちが争うことだって俺は後悔することなんだ。どちらの結末も嫌なんだ。
「里奈はどうしたら武器を降ろしてくれるんだ?」
 震えた声でそう聞く。怖かったからだ。ミオや里奈が怖いのではない。彼女らが争うのが怖かったんだ。どうして、こんなにも争いが絶えないのか。
「そこのナビをあなたが破壊するなら武器を降ろすわ」
 ミオからはまだシミュ構成子の使い方を聞けていないし、人類に関する糸口も彼女がキーとなっている。そもそも俺はポンコツだのなんだのと思いながら、ミオを失いたくないと思っている。彼女はこれまで何だかんだ俺のことを支えてくれた。それは人類再興という目的のためかもしれないが、少なくとも彼女は俺が許可しない戦闘行為を行っていない。
 どうする。目の前にいる彼女らは悠長に待ってはくれないだろう。クーティカさんの妹さんのようにいきなり死が待っているかもしれない。
応えるんだろう。今度こそ。
考えろ。
主人公になるんだろう。
人間として正しく生きるんだろう。
今できなくて、いつできるようになるんだ。
 だが、頭痛がするほど考え尽くしても答えは浮かんでこない。里奈の様子を見るに、ナビには相当の苦渋を舐めさせられたのだろう。たぶん、言葉をいくら尽くしても……。
「里奈……頼むよ。俺、お前に信じてもらえるように今までしてきただろ」
 手に力がこもりすぎて爪が食い込み、血がにじむ。吐く息にすら血が滲みそうだ。
「あなたは女子供構わず何千人もの無差別殺人を行った者がいて、そいつが、私はあなたを殺しませんと言って来たら信じられる?」
「――お前たちだって、過去に人間たちを殺してきたんじゃないのか」
 声どころか体まで震えだす。彼女にこんなこと言いたくないからだ。五感のすべてが呼吸を求めているかのようで、この後の展開を脳が拒絶している。
「俺はそれでもお前たちのことを信じている。付き合いを持てばわかる。里奈たちは理性的で自分たちにとって正しい選択をすることができる人たちだ。ならばともに歩める道があると信じられる相手なんだ。ミオも……同じだ……!」
 だが、そう言ったところで彼女たちにそれはわからない。それに、俺だってミオやナビそのもののことをよくわかっていないのかもしれない。決して堂々とは言葉を発せない。
「もしかして、私たちの戦争の仲裁もそのナビに言われてやっているの?」
 氷のようなその言葉が聞こえて来て、世界が歪んで見えてくる。里奈の信頼が消えていく。せっかくあと少しなのに、すべてが水泡となっていく。
「違う! これは俺の意思だ! ミオは虫人と獣人が同士討ちするなら事態を見守るべきだと言っていた! 俺はこれに反対した!」
 だが、里奈の表情には懸念の色が増していく。
里奈、頼むよ。お願いだ。
「……一度、虫人領に戻るわ。その後対応を伝える」
「待ってくれ里奈! ちゃんと話し合えば……」
「優真。あたしはあなたのことは信じたい。でもナビはどうしても信用できないの。そのナビとつながりを持つあなたが私の目にどう映るか、あなたなら理解できるでしょう? だからこの場は一旦引かせて。本当はこの場でそのナビを破壊しておきたい。でもあなたがいるからそこまではしないわ」
 言葉を返せない。引き留めたくて仕方がないのに、引き留めるための言葉が出てこない。
 里奈たちはそのまま転移してどこかへ消えてしまった。
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