第13話

文字数 3,316文字

 だが、完全に両断したはずなのに両断されていない。蜘蛛人も違和感に気付いたようだ。なぜなら鎌に伝わる感触が肉を割くそれではなく、空を切るものだったからだ。
 俺は心の中で小さくほくそ笑む。両断したんじゃない、両断したように見えただけだ。
 光魔法の応用技、トリックアートと名付けた。相手が俺を見ることができるのは、光が俺の皮膚や服で反射したり散乱したりしているからだ。その光をうまく屈折させてやれば相手は俺の位置を誤認する。お風呂で湯船の中の体が小さく見えたり変な位置に見えたりするのと同じ。俺が実際にいるのはそこじゃない。
 そのまま蜘蛛人をすり抜けざまに熱魔法を発動させ、蜘蛛の腹部分を焼き壊し、体の一部を損耗させる。どれだけ魔法に耐性を持つ糸を展開できたとしても、ゼロ距離で発動されたら防ぎようがない。
 これで撃破だ。
 そう思って、油断したのが間違いだったのだろう。蜘蛛人は体を損耗させながらもこちらに鎌を振り下ろしてきた。
 避ける間もなかった。
 上から強く肩を押されたような感覚とともに、自身の鮮血がはじける。不思議と痛みはそれほどなかった。それよりも、その光景を茫然と見ながら、右肩から手にかけての温度が下がっていくのを感じる。
 気付くと自分の右肩に蜘蛛の鎌が突き立っていた。
「優真!」
 ココアが切り込んだことで俺の体から鎌が引き抜かれる。それと共に体がフラフラとして倒れそうになったところで、後ろからイリュが支えてくれる。
「しっかりして。大丈夫。肺まで届いてない。死ぬようなケガじゃない」
 やられた……。血の気が引いていくのとともに、頭に冷静さが舞い戻ってくる。
 ……これは戦いなんだ。自分がケガをする可能性だって当然ある。どこか、ゲーム感覚だった自分がいたことに気付かされる。ダメージを負っても、それはHPが減るだけと言うような認識だった。だが、実際には血が出て、身体も機能しなくなっていく。そこには死への恐怖や痛みも当然含まれている。HPの数字が減ると言うのとは意味が違う。
 ただ、自分でも意外なことにこの恐怖や痛みに動転するでもなくどこか俺は冷静だった。
 ココアが足を負傷しながら後退してくる。
「優真、無事か?」
「……」
「優真! おい! 大丈夫か!」
「あ、ああ」
「しっかりしろ! まだ戦いは続いている」
 彼の言葉で、幽体離脱していた体中の感覚が舞い戻ってくる。自分の息が上がっていることに初めて気づき、肩口がどくどくと脈打つのを感じる。血液が腕を伝っていき、見ているだけで痛々しい。
「だ、大丈夫だ。まだ戦える」
 ココアは俺を若干訝し気に見ながら、イリュへと声をかける。
「もう一回切り込むぞ」
 俺は何とか自分の体を一人で支える。
 イリュとココアは突撃。
 俺も意識を集中させて思考を戦闘に切り替える。いつまでも呆けているわけにはいかない。再び重力魔法を放つが、さすがに読まれていて回避されてしまう。無詠唱なのに発動までのわずかな時間でこいつは魔法を避けていく。
 魔法を適当に撃ちながら、相手を観察する。熱魔法に対して青い糸、電気魔法に対して黄色の糸で防いでいる。おそらく糸ごとに耐性があると推測される。見ている感じからすると、あれらの耐性糸は常時出せるわけではないようだ。でないとわざわざしまう理由がない。そして、俺の魔法発動に合わせて糸を出してきたということは、奴は何らかの手段で俺が何の魔法を発動させるか探知している。
 単純に性能が高い。
 ココアとイリュがちょうど打ち負けて距離を取っている。
「だったらこっちも奥の手!」
 蜘蛛人の傍で空気がひずみ圧縮される。蜘蛛人は青い糸を展開しているが違和感に気付いたようだ。そう、これは熱魔法ではない。空間が歪曲し光が収束する。
 ドガァァァン‼
 轟音と共に爆発が起こる。力魔法と熱魔法を応用した爆発魔法。爆発は空気の急拡縮現象だ。力魔法は通常相手を押したり捻じ曲げたりする魔法だが、直接当てるのは非常に難しい。一方この効果は空気にも作用する。これを利用して圧縮空気弾いくつも用意すれば、強力な爆発現象を引き起こすことができる。
「これもお前がやったのか? 掛け声とかがないから正直何が起こったかわからなくなる」
 二人が俺の傍に並ぶ。
「ああ、さすがにこれで死んでいて欲しい」
「優真さん強すぎ」
 だが、ココアの表情は俺の希望を否定している。
 晴れていく煙の方へと目を向けると、足の三本を失い、表皮をはがれた蜘蛛人がいた。生きてはいるが、まさに虫の息だ。このまま三人でかかれば勝てるだろう。
 イリュとココアが再び駆ける。敵はもはや死にかけだ。
 そう思っていたら、横から斬糸が飛んでくる。もう一体の蜘蛛人が負傷している蜘蛛人をかばうように立ち塞がる。
「二体目……」
「優真、あの一匹は何とか仕留めておきたい。イリュと俺で飛び掛かるからタイミングを合わせて負傷している方を攻撃してくれ」
 同じことを考えていたとき、俺は不思議な音を聞く。いや、音ではなく声だ。環境音ではない。間違いなくその音は……蜘蛛人から発されていた。
「ねえさん、大丈夫? 死なないで。今助けるから」
 ……?
 姉?
 姉妹なのか。
「いくぞ!」
 俺が考える間もなく二人が再度の突撃する。
 目の前にいる虫人は敵だ。踏ん切りも付けてきた。割り切らなきゃいけないと自分言い聞かせてきた。団人も蜂人も問題なく倒せてきたじゃないか。
 だが頭のどこかで、あれらは令虫で、目の前にいる蜘蛛人は違うと囁いている。

 クーティカさんが泣き崩れた姿がフラッシュバックする。
 姉妹を失ったら――。
 全身の汗腺から拒絶が吹き出す。
 妹の蜘蛛人の目の前で姉を殺すなんて、たとえ敵であっても絶対に嫌だ……!

「待ってくれ!」

 俺の叫び声が響き渡る。突撃するココア、側面攻撃を仕掛けるイリュ、そして、負傷した蜘蛛人と、それをかばう蜘蛛人の全員に届いたようだ。四人ともが一斉に手を止め俺の方へと注目してきた。
 彼女らとは、戦っちゃダメだ。ダメなんだ。
 戦争をしているんだから、自分が明らかに変なことをしているのはわかっている。これがただのわがままで、自分勝手だってこともわかっている。でも彼女たちは姉妹なんだ。家族で、大切な時間を過ごした間柄なはずなんだ。その片方を殺すことは、どんな理由があっても正しいとは思えない。
 俺は意を決して蜘蛛人に叫ぶ。
「逃げろ! お姉さんなんだろ!」
 たぶんだが、俺は虫人の言葉が話せるはず。蜘蛛人は意味が分からないという表情をしているが、かまうものか。飛行魔法を使い、蜘蛛人とココアたちの間に割って入る。
「大切な人なんだろう! 殺されたくないなら早く逃げろ!」
 意味が分からないという顔をしながらも、負傷した姉蜘蛛の方が妹の蜘蛛人に合図を送る。そのまま蜘蛛人は糸を伝って飛び去って行ってしまった。

  *
 
 蜘蛛人たちは糸を伝いながら無言で移動を続ける。撤退時の退路は用意されている。今回の戦いはあの特殊な獣人によって敗戦色が濃厚だが、情報は得られた。
 やがて、負傷した姉蜘蛛の方から声を発する。
「リディ、助かったのじゃ」
「姉さん、傷が深そうだけど、大丈夫?」
「ああ。しばらくすれば治るじゃろうて。しかし、恐ろしく強い獣人じゃったの。おまけに虫人の言葉まで喋りおる」
 獣人は基本的に陸戦主体だ。だが、あの獣人はエネルギー構成子の遠距離攻撃を多用していた。これまでに戦闘経験のないタイプだ。
「なんで、逃がしてくれたんだろうね」
「……恐らく、特殊なんじゃろうて。強さもじゃが、考え方も」
 あの獣人……。自分たちを逃がすとき、とても必死な顔をしていた。獣人たちは、多少負傷はしていたものの退却したいほどではなかったはず。それに、そもそもそう言うニュアンスの口調ではなかった。自分たちに逃げろなんて声のかけ方もおかしい。やろうと思えばリディが背後からあの獣人を切りつけることだってできただろう。
「変わったやつじゃの」
「え? なんて?」
「なんでもあらん。ムルまで一旦戻るぞえ」
 そう言って、二人の蜘蛛人たちは去っていった。
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