第24話

文字数 2,885文字

 ポチの死は多くの獣人たちに衝撃を与えることとなった。怒り狂った一部の者が暴走しそうになったが、ココアのおかげで何とか収めることができた。
 その後、俺は数多くの獣人たちを訪ね虫人に必要となる栄養素に関する情報収集を行ったが、手がかりはほとんど出てこなかった。加えて、ポチが過去に用意した研究者のような役職の者とも議論を重ねたが、話を聞けば聞くほど手詰まり感が伝わってきた。
「勢いだけであたしを説得しておいて、やっぱり手段がないんじゃない」
 里奈は与えられた部屋のベッドに寝転びながら、不満を述べてくる。あれから三日経った今では、この部屋も彼女にとってくつろげる空間になっているらしい。
「待ってくれよ。ちゃんと見つけるから」
 そう返事をしながら、獣人からもらった書類に目を通す。書類と言っても紙はだいぶ粗雑なものだが。実際内心では焦っている。手がかりが一切見つかっていないからだ。そもそもこの問題はすでに解決のために試行錯誤がなされている。にも関わらずうまくいっていないと言うことは、普通では考えつかないような手法を用意する必要があるのだろう。
 里奈は大きくため息を吐く。
「見通しが立っていないことなんてわかっているわ。……もしよかったら、虫人側からも人を出すわよ。ここに呼んでもいいならだけど」
 彼女の意外な提案に少しだけ驚く。てっきり全く協力してくれないのかと思っていた。これに対する返答はイエス以外ない。今は藁をも掴みたい気分だ。すぐにこの件に関してココアに通達し、場所を用意してもらった。
 少し広めの部屋で里奈が虫人をワープさせるのを待つ。ここは獣人たちが会議などに使う場所で机や椅子が乱雑に置かれている。これは決して虫人への嫌がらせではなく、双方ともそう言うことにはあまり気を払わないらしい。そして、しばらくして里奈が転移門を開き、そこから蜘蛛人と蟻人が顔を覗かせてくる。蜘蛛人は判別しづらいが、俺たちがレゴーで戦った蜘蛛人のいずれかであろう。人部分の顔に見覚えがある。蟻人と言うのは初めて見るが、特徴的な体の部位は腰とお尻の間から生えている蟻の腹部分だろう。皮膚の色が黒っぽいが、他の虫人と違ってそれ以外は人間にかなり近しく見える。蜘蛛人にしても蟻人にしても表情が人間っぽいためわかるのだが、まず間違いなく殺意の眼差しでこちらを見ている。イリュとココアにも一応同席してもらっているが、彼らは悪魔以外とは言葉が通じない。あくまで同席してもらうだけだ。
「リディ、リア、自己紹介して」
 里奈に催促されてしぶしぶ二人は自己紹介を始める。
「リディールカ。蜘蛛人種。姉たちをズタボロにしていただきどうもお世話になりました」
 皮肉たっぷりに蜘蛛人種が自己紹介する。やはりレゴーで戦った蜘蛛人の……妹の方だ。
「リアンダ、蟻人種。趣味は泣きわめく犬人を食べることだ」
 イリュを見ながらそう言ってくる。冗談ではないのだろう。相当な恨みがこもっているように見える。こんなんで話が進むのだろうか。
「……。水桜優真。たぶん人間種だ。今回はよろしく頼む」
 俺は可能な限り好意を振りまく。ここで喧嘩を買っても誰も得をしない。
「優真、一応言っておくけど、これでもましな方を連れてきたのよ。虫人は結束力が高い。その分仲間意識が強すぎるの。大切な人を殺された恨みは忘れないし根に持つタイプも多い。食の問題が解決しても彼女たちはたぶん戦争を続けたがるでしょうね」
 こんな自己紹介をされたらそれも納得してしまう。蜘蛛人の方は俺が直接彼女の姉に怪我を負わせているから反論の余地もないが、蟻人に関しては全く関係がない。
「里奈様、本当にこんなやつの協力をいなきゃいけないんですか? あたしは今すぐにでも殺したいんですが」
 さっそくリディールカから殺害意思を表明されてしまう。
「リディ。今回は特別なの。お願い」
 若干驚く。里奈が見たこともないような表情をしていたからだ。優しさがこもっており、俺には決して見せないような切にお願いするような姿勢だ。思うに、これが本当の里奈の姿なのだろう。蜘蛛人と蟻人からも慕われているのが見てとれる。
「ま、まあ里奈様がそこまでおっしゃるならかまいませんが」
 リディールカとリアンダが肩をすくめている。
 そのあと、二人から虫人が今までどんなことを試してきたかの説明をしてもらった。だが、おおよそ想定の域を出ておらず、ヒントとなりそうなものは見当たらなかった。
「試したのはこれくらいだ。あとは……ここを見てみろ」
 リディールカが蜘蛛の体の脚の一つを見せてくる。
 わかりにくくはあったが、表皮が少し荒れているように見えた。それに、気のせいか前見た時よりも色合いが悪い気がする。
「里奈様の命であたしはしばらく獣人を食べていない。そうすると虫特有の部分がこうなるんだ。リアンダの腹部も見てみろ」
 彼女も同様に蟻特融の腹部分が荒れているように見えた。
「あたしたちは獣人を食わないとこれがどんどん酷くなる。その内強い痛みを伴うようになってくるし、さらにそのままでいると壊死してしまうんだ」
 リディールカが説明を続ける。
「蟻人はだいぶ人間に体が近い。だから蟻の腹部分だけを切り落とすなんてこともしたことがある。蟻人の腹部分は産卵のためにしか使わないし、生きるために絶対に必要な臓器ではないはずなんだ。止血もちゃんとしたし、傷もちゃんと塞いだ。でも、獣人を食べないとやはり死んでしまった。体のどこも壊死しなかったのにな」
 そんな人体実験まがいなことまでしていたのか……。恐ろしさで少し吐き気を催す。
「あの個体がたまたまと言う可能性もあるが、こんな実験ほいほいとはできない。そいつはそもそも罪人で死刑が確定していたためそうしたんだ」
「ちなみにそれを命じたのはあたしよ。彼女らは反対してた」
 里奈がわざわざ自分が悪者なんだという補足をしてくる。
「どうだ? 何か参考になったか?」
 たしか、壊死は栄養や酸素がいきわたらないことで起こる。だが、それがわかったところで解決策は思い浮かばない。俺に医療の知識はないし、あったところで人間医療がどこまで虫人と同等に扱ってよいかわからない。それに結局のところ、獣人という栄養素が必要だと言うことに変わりはない。獣人の体のどの部分がキーの栄養素になっているのかもわからないが、それを試すわけにもいかない。人体実験になってしまう。
「もしかして獣人のどの部位が必要かを考えている?」
 里奈がエスパーのごとく思考を読み当ててくる。
「基本的には肉や内臓よ。毛や爪、皮脂なんかでは効果がないわ。そもそも量も足りないしね。血は一応効果があるけど、虫人全部を食わすとなったら莫大な量になるわ。これも現実的とは言えない」
 つまりは再生不能部位しかダメだと言うことか……。
「……言ったでしょ。無理なのよ。だから争うしかないの。本当は戦争をしないで済むならその方が良いに決まっているわ」
 たしかに彼女の言う通り、無理に見えてくる。自分の中にある希望と意気込みがどんどんしぼんでいく。
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