第9話

文字数 4,342文字

「あの、先ほどはすみませんでした、優真さんもいっぱいいっぱいだったと言うのに」
 移動をしながら、クーティカが謝罪を述べてくる。
「いえ、むしろその、私こそすみませんでした」
 犬人の表情を俺はよく知らないが、たぶん悲し気な顔でクーティカさんが俯く。
「いいんです。妹たちが無茶をしただけなんです」
「妹たちがなぜ虫人領に入ったかはわかるか?」
 ココアが尋ねてくる。
「先日両親が二人とも事故で亡くなり、生活に困窮していました。私が日銭を稼いでいたのですが、どう見ても足りなくて、恐らく薬草を取りにいったんだと思います」
「レンゲン草か。あれは俺たちの土地では手に入らないからな。だが、なぜお前が産祈とならなかったんだ。そうすれば妹たちは助かったであろうに」
「……どうしても踏ん切りをつけられなくて、別の方法を探していたんです」
 クーティカさんが俯く。
「あの、産祈ってなんですか?」
 俺の問いに対し、空気を読めよ、という雰囲気を感じ取る。おそらくあまり聞いてはならないことなのだろう。
「……俺たちの種族の中での役割のようなものだ。彼女が産祈となれば、その給付金で妹が食うに困ることはなかっただろう。それと、いい加減敬語はやめろ。ため口でいい」
 推察するに、産祈という役割は苦労の多い仕事か何かなのであろう。だが、その分金払いも良いということだ。

 しばらく歩き続けて、獣人の村、グマに着いた。
 俺は異世界初めての村に少しだけ胸を躍らせてしまう。
 藁と木でできた家からは、文明レベルが高くないことを伺わせている。平屋中心だが、中には二階建ての建物もあるようだ。ところどころに商店のような建物もあり、多くの獣人たちが行きかっている。そして村の中心には別次元の建物がある。到着のかなり前から見えていた。天まで続く巨大な塔がそびえたっており、最上階が雲の上まで続いている。ここからではてっぺんが見えない。
『優真様、あれがタワーです。あそこにアーカイブが保存されております』
 ミオの言葉が脳内に響く。
 知っている。来る途中でココアから教えてもらった。彼らもタワーと呼んでいたからおそらくミオの指しているものと同じと思ってよいだろう。
 クーティカは、部下の一人が彼女の村まで届けることとなり、途中で別れた。
 俺はココアに連れられて、野人という奴との面会を行うこととなっている。
「今からお会いするのは野人様だ。野人種は俺たちを統べる上位種の方となる」
「その……また常識の範囲かもしれないんだが、上位種と言うのがわからない」
 道中あれこれ聞いたのだが、聞くたびにため息を吐かれた。恐らく当たり前の内容を聞いていたのだろう。俺はこの世界の常識に疎い。だから一つ一つ聞いていくこととなる。
「……序列だ。人間はそんなことも知らないのか? 下から下位種、眷属種、上位種と続く。強さと置き換えてもいい。俺たち獣人で言うと、クーティカを含む犬人は下位種だ。俺ら狼人は眷属種。野人様は上位種となる。お前が戦った蜂人は虫人の中でも眷属種となる。眷属種や下位種はいずれかの上位種の方の庇護下に入っている。俺たちで言うと野人様の庇護を受けている。虫人たちは悪魔の庇護を受けている。お前は庇護を受けていないのか? あるいは、お前は上位種なのか?」
 悪魔。里奈とか言うやつのことだな。あいつは結局どうなったんだろうか。特段音沙汰なしだ。そして、これを聞かれたとき、ミオから神人と呼ばれたことを思い出す。神はどこに分類されるのだろうか。悪魔が上位種になるのなら神も上位種に区分されそうだ。
「ある人からお前は神人だって言われたんだけど」
 これに対してココアは笑い声をあげる。
「そんなわけがないだろう。それは冗談を言われたんだ。神々は我々の行いに興味がない。いや、興味を失ってしまったと言う方が正しいな。そのあたりは野人様に聞くといい。あのお方が詳しくご存知だ」
 まるで神が実在するかのような言い方だ。変わった宗教を信じているのだろう。大通りを抜けてタワーへの道に入る。そこには非常に多くの種類の動物顔をした獣人たちがいた。馬人に河馬人、牛人に熊人。俺のことが珍しいのか、多くの者が視線を向けてくる。
 タワーの入り口には虎の顔をした人が衛兵についており、ココアと何かを話してすぐに中へと入ることとなった。中は白色の壁にグレーの床。そして数多く獣人たちがせかせかと仕事をしている。それらは兵士か文官、あるいはその下男下女であろう。
 階段を何回か昇り、目的の部屋へとたどり着く。王座の間、というほど立派ではないが、それに近しい場所だ。室内にはこれまた虎の顔をした衛兵が何名かおり、その先の少し高くなっている位置にライオンの顔を持つ体長二メートル強の巨漢が座っている。
「ココアか。任務ご苦労。それで、直接報告したいことがあるとか」
「はい。犬人の姉妹三名の捜索依頼を受け、虫人領を探索していたところ、長女とこの者を発見しました。二人の妹がレンゲン草を採取しようとしたようで、すでに死亡。蜂人は数十体をこの者が撃滅したようです」
 周囲にいる衛兵たちから感嘆の声が漏れる。蜂人とはそんなに強いのだろうか。
「この者は優真と言います。人間を自称しておりますが、私では対応に判断がつかなかったためこうして直接ご報告にあがりました」
「人間……」
 目の前の野人は口の中でその言葉を吟味しているようだ。
「優真、と言うのだな。私は獅子人のポチと言う。獣人たちを統べる上位種だ」
 これを聞いた瞬間、俺はガクッとズッコケる。
「ぺ、ペットみたいな名前ですね」
 ズッコケたのはともかく、この発言は周囲に対して悪印象を抱いてしまったようだ。
「なっ! 貴様失礼だぞ!」
 ココアから怒号が飛ぶが、ポチと呼ばれた巨漢からは制止の言葉が入る。おまけに、ポチ的には受けがよかったのか少し笑っている。
「よいよい。やはりそう思うか。俺もそう思う。今の反応でお前が間違いなく人間であることはわかった」
 共感された? 狙っていたわけではないが、どういうことだ。こいつはポチと言う名前がペットに一般的に用いられるものだと言うことを知っている?
「それで、優真はここで何をしている。どういった目的がある」
 ……どうしたものか。この質問は答えるのが難しい。
「質問に答えられません。信じてもらえるかはわからないですが、私はつい先日気が付いたばかりで、それ以前の記憶がありません。だから、自分の目的がわかっていないんです。強いて言うなら同じ人間を探しています」
 記憶がないと言うのは嘘だが、話したところで意味がわからないだろう。異世界から来たと言う話が受け入れられるとは思えない。
「気付いたばかり、か……」
「優真、嘘は言うなよ。野人様に嘘は通じない」
 ココアが忠告してくる。
「いや、あり得る話だ。……そうだな、協力してやらんでもない。優真、俺たちの仲間にならないか? 先ほどの報告を聞く限りお前は強い。兵士として俺たちに協力してくれるのであれば、俺の知る限りの人間のことを教える。それでどうだ?」
 兵士か……。また命を刈り取るということだろう。はたして俺にそれができるのだろうか。相手は恐らく虫人。レンナさんの知り合いがいる可能性だってある。
「戦争をしているんですか?」
「ああ。その中でどうしても取り返さなければならない土地があってな」
 誰も戦争を止めることを考えないのだろうか。争わずに事を治める方法だってあるはずだ。前の世界でも平和を保つための方法はいっぱい考えられていた。
「どうして、戦争をしているんですか?」
 この言葉に、ポチは少しだけ考え込み、言葉を発してくる。
「ふむ。根本的には向こうが襲ってくるからだ。こちらはいくら敵意がないと説いたところで向こうはお構いなしだろう。まあ、そもそも言葉も通じないしな。彼らの事情も仕方のないことだと思っている」
 また仕方がない……か。悪魔も同じ言葉を使っていた。
「でも、虫人たちにだって心優しい人たちがいるんじゃないのですか?」
「ああ。いるだろうさ。なるほど。お前の質問の意図が見えてきた。優真。例えばココアの心臓の中に爆弾のスイッチがあって、ココアを殺してそれを手に入れなければお前の家族が死ぬとなったらお前はどうする?」
 ……そんなの。
「別に言葉遊びをしているわけではないから答えなくてもいい。俺が言いたいのは、人生は常に選択の連続だ。俺にとって、虫人の命と獣人の命、どちらが大切かと言われたら獣人の命だ。だから戦う。命はもしかしたら等価かもしれないが、第三者が入った瞬間に等価ではなくなる。その第三者にとっての優劣ができるからだ。虫人の中に優しい者もいるかもしれない。だが、その優しさよりも、俺は獣人を選ぶと言うだけだ。たとえその獣人が罪を犯すようなやつであったとしてもな」
「そんな奴はいませんよポチ様」
 ココアが冗談めいて言ってくる。
「争いを無くす努力とかはされないんですか? 戦争をしなければその大切な獣人の命を奪われなくても済むわけじゃないですか」
「してはいるさ。だが、事態はそう単純ではない。ココア。優真には少し考える時間が必要だ。俺たちに協力するかの返答は後日聞く。一度休むといい」
 少しだけ逡巡してしまうが、ここで足踏みは嫌だ。里奈との戦闘をしてから、生き抜きたいと強く思えたんだ。迷いがあったとしても、まずは前に進んでみたい。それに、せっかく人類の手がかりがつかめそうなのだ。この機は逃せない。
「……いえ、戦います」
「……そうか。では、さっそくだがレゴーへ向かってもらえるか? 詳細はココアに話しておく。そこの敵を排除してくれれば俺の知る限りのことを話そう」
 ポチが鷹揚に手を振ってくる。
「あの、別件なんですが、私が目覚めたところで音声が聞こえてきたんです。タワーにあるアーカイブを目指せと。それについても何か知っていませんか?」
「アーカイブ? すまないがそちらはわからない。だが、タワーと言うのはここのことだ。レゴーを取り返した暁にはこのタワーも好きに出入りしていい」
「ポチ様、いいんですか?」
 ココアから疑念の声が上がる。
「大丈夫だ。別に見られて困るようなものは置いてない」
 ポチはもしかしたら裏で策略を立てているかもしれないが、そうなったらそうなったで仕方がない。今は情報が不足しているから方針を自分で決められない。敷かれたレールに沿う方が身を振りやすい。
 ポチとココアはまだ話すことがあるようで、案内された部屋で休むことにする。おそらくこの後、レゴーという場所へ行き戦闘になる可能性が高い。いろいろと準備をしたいので都合がいいと言える。
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