第34話

文字数 3,386文字

事態を見守っていたココアが、何も出ずに打ちのめされている俺に話しかけてくる。
「優真。とりあえず落ち着け。完全に決別したわけでもないだろう。お前がやりたいことも完全に失敗に終わっているわけじゃない。まだやりようはある」
「だが、里奈たちとはこのままだと決別してしまう! 戦争も再開する! 俺は何もできない……。何もできていない……」
 もどかしさが体中を駆け巡り、焦りと諦めが背後霊のようにつきまとってくる。
「優真」
 ココアが両肩を持つ。
「諦めるな。お前の覚悟は一つの失敗で折れてしまうほど弱いものなのか?」
「……違う」
「虫人たちと一度でも決別したらそれでもうおしまいか? もう何もしないのか?」
「違う」
「戦争が再開したら、仕方がないとすべてを諦めるのか?」
「違う!」
「だったら立ち止まるな。お前はよくやっている。何か糸口がつかめたんだろう。その話を俺たちにしてくれ。協力できることがあるかもしれない」
 イリュもすぐそばまで来てくれる。
「ココアの言う通りだよ。止まるはずのない戦争が今は止まっている。これは優真さんの力あってだよ」
 歯がゆさが体中を蝕んでいるが、息を何度か吸って落ち着きを取り戻す。
 そうだ。落ち着け俺。まだ、すべてが終わったわけじゃない。事態はマイナスに進んでいる部分もあるけど、プラスに進んでいる部分だってあるんだ。まだ、諦めるには早い。
「……ココア、イリュ、すまない。……二人はナビに対して思うところはあるのか?」
 この言葉に対し、二人は肩をすくめている。
「俺たち獣人はあまりナビの被害に遭っていない。野人様から話を聞いたことがあるくらいだ。見るのもこれが初めてだが、確かに不思議な空間子をしているな」
「空間子? と言うので見分けているのか?」
「ああ。俺は狼人の中でも特別で、空間子を知覚できる。お前もできるんじゃないのか?」
 そう言われてみると、何か奇妙な感覚をミオのあたりから感じられる。
「ナビはだいぶ昔、主に虫人領に現れたと聞いている。かなりの数の虫人が殺されたらしいが、獣人の被害はあまりなかったそうだ。まあ、あくまでポチ様から聞いた話だがな」
 よかった。少なくともココアとイリュはミオには警戒しないで済みそうだ。
「彼女はミオと言うんだ。俺が目覚めたときからずっと脳内にいた。って言っても信じられないかもしれないけど」
「へぇー。ミオさんって言うんだ。よろしくね」
 イリュがさっそくミオに握手を求める。だが、ミオは全く応じる気がないようだ。
「……ミオ、握手してやれよ」
「必然性を感じません。むしろ損害を被るリスクがあります」
 ミオはいつでも平常運転だ。
「ナビってたしか天使様に作られた人間の仲間じゃなかったっけ?」
「そうなの? 俺が生きていた時代にはナビなんてなかったな。カーナビならともかく」
「かーなび?」
「私は数少ない第四世代です。あんなレガシー技術と同じにしないでください」
 カーナビと一緒にされるのはどうも嫌なようだ。
「それで、こいつはシミュ構成子のことを教えてくれるのか? それとも優真の謎について話すのか?」
 これに対してミオが注意を述べてくる。
「シミュレーション構成子は概念の伝達に時間がかかると思います」
「じゃあまずは過去に何が起きたかからだな」
 そこから、ミオはアーカイブに書かれているプロジェクトノアの詳細と過去に人類がどうなったかについて説明してくれた。異種族が次々と世界中に現れる中で、人類はそれに対抗することができず文明は崩壊していった。その主格は神人と呼ばれる者たちであったらしい。この内容は、以前ポチや里奈が説明してくれたことと整合している。アーカイブにあった「プロジェクトノア」の目的はこの圧倒的武力を持つ神人を人類の中にも生み出してしまおうという内容だった。
 この計画の肝は、人類の味方をしてくれた神人である風子というやつだ。彼女からもたらされた神人構成情報を人類に上書きすることで、人類の神人化を行ってしまおうというものである。つまり、ミオが俺を神人だと言ったのは本当だったということだ。
この計画における、最大の課題は時間だった。人類への構成転写には、用意できる設備から、およそ三百五十年の年月がかかり、仮に時間をかけて情報を転写した神人を生み出せても、過去の人類の歩みはすべて失われることとなってしまう。当時の人類ではこれに対する回答を出すことができず、少なくとも構成転写を終えた神人に人類の過去の歩みを保持させることで歴史をつなごうとしたらしい。
 それと、この話を聞いておかしな点がいくつかある。二〇六二年二月十八日に異種族が現れたとされているが、俺が事故に遭ったのは二〇四二年。そこから二十年ほど後の話だ。この時間差はどう説明されるのだろうか。
 そもそも、俺がいた頃には神だの悪魔だの天使だのは空想上のものだった。俺が事故に遭ったあと、そいつらがいきなり地上に表れて暴れまわったのだろうか。にわかには信じ難い話だ。いずれにしても、旧日本があったところへは行ってみる必要がある。
 それと、神人の名前は全員が和名だ。これは人間が名付けを行ったからなのだろうか。だが、ポチや里奈もその名で呼んでいたと言うことは神人自身もその名を名乗っているのではないだろうか。これに関してもどう説明されるのかがわからない。
「人間はすごいことを考えていたんだな。神人を自種族の中に作り出すなんて、普通なら考えないことだぞ。それに、その理屈から行くと優真が神人と言うことになるのか?」
「そういうことになるらしい。にわかには信じ難いが」
「何度も言いますが優真様は神人です。現在は構成子にかなりの制約がかかっております」
 ミオがツッコんできた。
「納得できなくはない。優真は四大構成子のすべてに精通できるんだろう? 俺が知る限り、それができる種族は今のところ神人だけだ」
「だよねー。普通は一個だけだもん。あたしなんて唯一の素材すら怪しいのに」
「で、そのシミュ構成子は使えそうなのか? そこで何か答えが見つかればまた悪魔たちとの対話の窓口も開けるんじゃないのか?」
「まだこれからだ。簡単にはいかないらしい」
 これを聞いてココアが少し考えたあと口を開く。
「……そうか。なら戦争再開の準備を進めるべきだ」
 彼の冷たい言葉を聞いて、俺は逡巡してしまう。
「だ、だがまだ二日あって……」
 ココアがまっすぐ俺のことを見据える。
「優真。お前は嫌がるだろうが、よく聞いてくれ。もう戦争再開は止められない。もちろんお前が最後まであがくのを俺は応援する。お前の虫人と獣人の両方を守りたいという思いは十分に伝わっている。だが、できなかったときの備えもするべきだ。備えがないと多くの命が失われる。そうなったとき、お前はそれを見て悲しむんじゃないのか?」
「……」
「答えろ優真。お前はこのグマの領主となるのだろう。迷うのを悪いとは言わない。だが決断はしろ。現実はどれだけ願っても待ってはくれない。考える間もなく命が失われることだってある」
 彼の言う通り、俺はそれを何度も目の当たりにした。
「……わかった。準備を……進める。だが、どうすればいいんだ。そうは言っても、俺は、何もわかっていない。どうすればグマの獣人たちを守れる」
 ココアが微笑む。
「優真、お前は一人じゃない」
 イリュもこちらに笑みを渡してくれる。
「領土防衛に関しては俺に任せろ。ずっとやってきた仕事だ。他の獣人たちにも顔が利く。イリュ、お前は部隊長に格上げだ。犬人部隊長と言うのは反発をそれなりに生むだろうが、ポチ様がいなくなった今、四の五の言っていられない」
「うん!」
 イリュの満遍の笑み。
「そうと決まれば行動開始だ。優真。お前はシミュ構成子のことに集中しろ。結果が出ようと出まいと俺たちはそれを受け入れる。人々を守るためにお前の戦いをしろ」
 ココアがそう言って俺の肩を叩いてくる。
 彼はいつも考えがしっかりしている。何を選択するべきかをすぐに選ぶことができる。まるで主人公かのようだ。俺も、たぶん、こんな風になりたいんだ。
 小さくほくそ笑む。
 俺の……戦い……か。
俺は、助けてもらってばっかりだ。
「二人とも……ありがとう」
 自分にしか聞こえないその言葉とともに、冷え切るばかりの胸の中が少しだけ温まった。
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