第19話

文字数 4,264文字

 タワーを探索しているとココアに呼ばれ、ポチのところへ行くことになった。蜘蛛人を逃がしたとは言え、レゴー攻略は成功したのだ。その報酬として人間のことを教えてくれるのだろう。アーカイブは結局まだ見つかっていない。
 彼の部屋へやってくる。今日は衛兵がいないようだ。警戒していないのだろうか。
「お、きたか優真。どうした。浮かない顔をしているな」
「その……虫人が戦う理由を知って、どうにか解決できないかと思っていたんですが、解決策が思い浮かばなくて」
 本当はそれだけじゃない。さっきイリュに説明されたことも喉に引っかかっている。
「お前は虫人の言葉を解せるらしいな。俺たちもいろいろと試しはしたんだ。だが、うまくはいかなかった。彼らに必要なものを人工合成するとか別の動植物で代替するなどだな」
 すでに試行錯誤済みだったのか。
「さあ、人類のことを話してやるぞ。何が聞きたい。とは言っても、俺は人類とは争っていた身だ。お前からすると不快な内容もままあるかもしれん」
「人類と、争っていたのですか?」
 若干の警戒心を持ちながら問い返す。
「ああ。……そうだな。まずは俺のことを少し話そう。俺の最初の記憶は小さな部屋だ。まあ当時の俺にとっては大きかったがな」
 そこから彼が話してくれたのは、恐らく動物園での生活だった。彼の園での話を聞きながら、俺はいろいろな推測に思い巡らせる。彼は人類文明の中で生まれ、動物のライオンから今の野人になったのだろうか。人類と争っていたのは、人類に飼育されていることに不満があり、反旗を翻したとかだろうか。それとももっと別の……。
「あそこの生活は悪くはなかった。狭かったが、飯を食って寝るだけだ。それしか考えることがなかった。人間どもがたまに見に来るが、寝てればいいだけだ。楽な仕事と言える」
 動物視点だとそんな風に映っているのか。
「ただ、ある人物がやってきて、俺の生活は一変した」
 彼はその人物によってライオンから野人となったそうだ。
「俺の最初の仕事は人間との戦争だった。当時は考える頭もあまりなくてな。俺を野人にした人物に言われるままに戦い続けた。だが、考えていなかったと言うことを言い訳にするつもりはないし、多くの人間を殺したことも隠しはしない。もし優真がこの事実により俺を憎く思ったのであれば、お前との決闘でもなんでも受けよう。だがまずは最後まで話を聞いて欲しい」
 それで衛兵を一人も置いていないのだろうか。
 彼はかつて人間と戦っていた。そして数多くの人を殺した。これに対して思うところがないわけではないが、俺は一旦話を続けるよう促す。
「俺はかつても今もずっと変わらない。ペットなんだよ。かつては人間のペット。そして今は神々のペットだ。この名前、ペットみたいな名前だろう? まさに、俺は神々のペットとして創られたんだ。そして、別の神のペットである悪魔たちと戦わされている」
 途端にわからなくなり、話を止める。
「ちょっと待って下さい。神がどうして関係しているんですか?」
「そうか、お前は神人を知らないんだな。今世界は神々によって支配されている。上位種も眷属種も下位種も、みな神の創造物だ」
「それは宗教の話ではないのですか?」
「違う。かつて人類が信奉していた神とは違い、神人は実在する。俺の創造主は楓様だ。神々は言葉通り神の力を持っている。海を割ったり山を破壊したりできる。そして、命の創造もできる方々だ」
 そう言う……異世界なのか? その神々が種をつくり、人類はそのあおりで絶滅してしまったということだろうか。ならば元凶は神人と言える。
「そう言えば俺、ある人からお前は神人だって言われたんです。それは関係があるのでしょうか?」
「お前が神人? ……にわかには信じ難いな。お前が神人であるならレゴー攻略で生き残れる虫人はいなかっただろう。神人とはそれほどに強い。俺はお前が、神々が新たに創造した新種だと思っている。新種は前世の記憶を持っていることもある。俺の場合だとライオン生活の記憶だ。お前の場合はそれが人間なんじゃないのか?」
「じゃあ、俺は……もう人間じゃないということなんですか」
「人間の記憶を持って生まれてくる新種は稀にいる。それは見ての通り、俺たちが人の形態を持つ者が多いからな。推測とはなるが、神々は人間と動植物の生態合成を行っているのではと思っている。その副作用で記憶が残っているんだと」
「自分が何の種であるかを確認する方法はあるんですか?」
「ない。体を切り開けばわかるかもしれんが、そんなことはしたくないであろう?」
 ならばこの話は一旦保留だ。そもそも見た目が全く変わっていないのに、自分が人間をやめていることなんてそう簡単には受け入れられない。
 気を取り直して、人類のことに関して質問を続ける。
「どうして人間と戦えと言われていたんですか?」
 この質問にポチは少しだけ諦めたような表情をする。
「……今思えば、とくに理由はない。強いて言うのであれば領地確保のためだ。当時は人類文明がほとんどの土地を持っていたからな」
「……そんな、そんな理由で」
「人間はそう言うことをしたことがないのか?」
 そう言われて、言葉に窮する。前の世界では人間が生態ピラミッドの頂点にいた。だから野生生物を追い払って都市や文明を築くと言うことも当然していたであろう。だが、それは野性生物だからだ。人間は考える知性があって、血を流さなくても問題を解決する柔軟性だって兼ね備えている。必ずしもポチと戦うことが正しかったとは思えない。
「まあ、これは詭弁だ。俺が数多くの人類を殺したという事実は変わらない。それは反省すべき事だし、今を生きる俺たちの方針にも生かすべきだと思っている」
 だからポチは虫人に必要な栄養素の探索をすでに行っていたんだ。戦争を止めるための努力はしていた。だが、その方法までは見つからなかったんだ。
「悪魔と組んで戦争を何とかすることはできないんですか?」
「話はそう簡単ではない。悪魔の眷属である虫人たちは獣人を食わねば死んでしまうし、獣人は戦争がなくなれば種が分裂するだろう。そうなれば獣人たちは虫人に食われるだけとなるだろうよ。俺たちにとってこの戦争は互いの利害が一致しているんだ」
 命を消費している戦争に対して、利害が一致と言うのは吐き気を催すような話だ。
「種を創った神人に文句を言ったり助けたを求めたりすることはできないんですか?」
 これを言った瞬間、空気が変わった。ポチが真に憎しみの籠もった顔をする。彼とはまだ短い付き合いだが、こんな表情は初めてだ。
「なんと言われたと思う? 嘆願はしたさ。そのときの楓様の表情。今でも忘れない!」

『獣人たち? ああ、神楽の頼みで虫人の餌として用意したの。適当にあげといて』

 ポチの手が怒りで震える。
「神楽様と言うのは悪魔種を創った神人だ。許されると思うか! 獣人にだって尊厳があり、生きる権利がある! なのに、楓様がこれをおっしゃられたときの表情は無表情だったんだぞ! その辺の紙屑を捨てるかのごとく、何でもないかのようだった!」
 隣にいるココアからも歯を噛み締める音が聞こえる。
「ふっ。まあ、人間を虐殺された優真からすれば、お前が言うなと言う話だよな。だが、俺はそれを反省しているからこそ、同じ過ちを繰り返してはならないと思っている」
 ポチの目に熱がこもる。
「神々は我々を生き物とは思っていない。生み出すだけ生み出して、あとは死のうが生きようが興味がない。すでに生活を送っている生き物がいようが、お構いなしに生み出して既存の種を排除していく。人類がその例だ。人類以外にも同じように絶滅させられた生物がいるであろう。……優真、お前はどうだ? お前の種が今なんであるかは俺にはわからない。だが元人間なのだろう? そのお前からみて、この世界はどう映って見える?」
 この時、俺は悪魔の里奈に言われた言葉を思い出していた。
 この世界は数多くの死と悲しみに溢れている。それをいくつも目の当たりにした。だが、それに対して、人間は命を粗末にしないのかと悪魔に問われたとき、俺は言葉を返せなかった。たしかに俺が直接的に粗末にしたことはそこまでないはずだ。だが、社会を構成するために間接的に仕方なくやっていた部分はある。それを認識しようとしていなかっただけで、無関係だと言い切れない自分がいる。……でも、それを悪と言い切ることもできない。その恩恵で人類は文明を発展させることができたからだ。
 では今回はどうなのだろうか。神人は遊び半分で命を弄んだのだろうか。それとも何か特別な理由があって彼らを創造したのだろうか。人を絶滅させてでも成し得たい理由が。
 ポチが一息つき、怒りを収めていく。
「だがな、神々も万能ではない。俺たち野人や獣人を見てみろ。不完全なやつらばかりだ。これは俺たちに限った話ではない。虫人や他の種族でも同じことが起こっている」
 イリュの言っていた狼人や虎人に雌がいないと言う話のことだろう。恐らく俺が知らないだけでこれ以外にもあるということだ。
「優真。お前は強さから推測するに恐らく上位種だ。上位種は通常領土を持ち眷属を従え、新たな立場を求められる。その考えは俺たち獣人にとっても重要だ。お前はどう考える?」
 俺が……上位種? 意味が分からない。俺は人間だ。それに領土を持って立場を示すと言うのも理解不能だ。俺は他者の生命や人生に関与できるほど自分の考えに自信を持てていない。それを強いからと言う理由だけで采配してよいとも思えない。

 それらを話そうとしたとき違和感に気付いた。
 なんだこの感覚。皮膚がチラチラとしている。前に感じたことがあるような気がするが、その正体がわからない。だが、明確に悪いことが起ころうとしているような気配を感じる。
 俺が違和感を話そうとした次の瞬間。
 雨のように液体が降ってきた。おかしい。ここは室内だ。それに、雨と言うにはあまりにべたつく。そして、鉄の匂いも強く、色も赤い。
 血だ。
 ポチを見て異変に気付く。彼の体がおかしい。向こう側の壁が見えるほどの大きな穴が腹部に空いているように見える。彼自身も何が起こったかわかっていないようだ。そのまま台座から転げ落ちるように倒れてきた。
「ありがとう、水桜優真。やっとポチを殺せたわ」
 台座の後ろに人影がある。
 ありがとう……?
 紺と黒の外装に特徴的な瞳と髪。見間違うはずもない。

 悪魔種……里奈だった。
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