第35話

文字数 1,327文字

里奈との約束の期限が過ぎ、再び虫人とは交戦状態となった。ココアからの報告ではなんとか領土防衛はできているとのことだ。
 俺は自室に籠りココアに用意してもらった紙のようなものに情報を整理しながらシミュ構成子の扱いを勉強している。
「はぁ……むずい。勉強みたいだ」
「その通りです。この構成子はプログラミングに近しいところがあります」
 ミオがいつものしかめ面で答えてくれる。
「ミオはできないの?」
「できますよ。ですが、私がやると優真様が望まない結果になるかと思います」
「望まない結果?」
 虫人に対する猛毒でもつくるつもりだろうか。
「私が算出した結果をもとに作り上げた栄養素を、あの悪魔種や虫人種が素直に受け取ると思いますか? これは優真様がやるからこそ意味があるかと思います」
 俺がやるからこそ……。
「……なあ。ミオって里奈が言うように本当に殺人兵器なのか?」
「殺人兵器と言う言葉に複数の意味合いが含まれておりますが、あの悪魔種の言っていたニュアンスでしたらその通りです」
 一切の躊躇もなくそう答えてくる。
「やっぱり……異種族が嫌いだからか?」
「その質問に答えるのは難しいです」
「なんで?」
「私たちナビには疑似人格というものが搭載されております。そこにはナビの開発者である大音美音(おおとみお)の人格が大きく反映されております」
 ミオが珍しく俯きながら言葉を続ける。
「彼女は旦那と二人の子どもを異種族によって殺されております。とくに子どもの方は彼女の目の前で殺されております。それに対する恨みは底知れないものです」
 自分の子どもを、目の前で……。
「この場で優真様を誘導して虫人にとって害をなすものを作るよう仕向けることも私はできますよ。もっと言うなら、虫人に必要となる栄養素などつくれず、いつまでも獣人と虫人を同士討ちさせる方が、彼らを殲滅するという観点では最も効率が良いです。ですが、それをしても意味がありません」
「ミオにとっては……大音美音にとってはその方がいいんじゃないのか?」
「彼女は託したんです。たしかに彼女であれば異種族を殲滅するという選択肢しか選ばないでしょう。ですが、次代を担う優真様に選んで欲しかったんだと思います。平和の世を生きてきたあなたが、この世界を見て何を感じ、何を思い、どうしたいのかを。次代で平和な世を創るために、恨みの感情しか抱けなくなった自分たちではなく、あなたにこそ」
「俺にこそ……」
 その言葉を口の中でかみ砕く。
「優真様。私は何度でも言います。異種族を殲滅して下さい、と。ですが、それを選ぶのはあなたです。もうこの世にはいない彼女たちではありません」
 重たいものを、託されているんだな。
「質問に答えていませんでしたね。私が殺人兵器であるのは好き嫌いではなく、そうプログラムされたからです。ですが、本質的には彼女の恨みがこもっているからとなります。そんな彼女でも最後につくった第四世代である私たちには、人類の希望をつなごうとしていました。優真様の目から見て、私は正しく希望をつなげておりますか?」
 ミオからのこんな質問なんて、初めてではないだろうか。
 彼女のどこまでも無機質な顔を見ながら、俺はその質問に答えず再び作業に戻った。
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