第27話

文字数 2,285文字

周囲の獣人たちから息を飲む音がする。
「話は聞いている。お前が里奈と交わした口約束についてだ。仮にそれがうまくいかず、再び虫人と敵対することになったとしても、お前は獣人としてこれを受け入れろ。そうなればポチがいなくなった分の穴は埋められる」
「俺が……グマを治める?」
 そんなことできるのだろうか。はっきり言って俺は今まで誰かの前に立って何かをするということをしたことがない。それに領地を治めると言うことの意味や難しさやも分かっていない。俺なんかが領主になったら問題がより大きな問題になりそうな気がする。
「そうだ。このまま行けばグマにいる数十万の獣人の命が、内部分裂と虫人たちの攻撃によって失われることになる。だがお前がいればこの地は守れるだろう。里奈を圧倒するレベルなんだからな」
「圧倒はされてない!」
 里奈が口を挟んでくるが無視される。
「だ、だが、クロとハチはポチの親友だったんだろう? 彼への想いとかは……」
「それはそれ、これはこれだ。俺たちは眷属と下位種を治めている。彼らの生命と生活を守る義務がある。現状を放置するとグマで多くの命が失われることになる。それだけは何としても防がなければならない」
「相変わらず、あなたたちは仲良しごっこが好きね。獣人を守るためにはもっと対処すべき脅威があるのに」
 里奈がいちいち棘のある言葉を発してくる。
「何とでも言えばいいさ里奈。俺たちは自分らがやっていることを間違っているとは思っていない。それにお前だって、優真と約束したことが上手くいかなかったとしても、彼を虫人領に招くことだって視野に入れていたのだろう? だからこれはそのための布石だ」
「ふんっ、勘の良い象は嫌いよ」
 あまりよくわかっていないが、俺が考える虫人と獣人の共存がうまくいかなかった先のことを彼らは話しているのであろう。予めどちらの陣営につくかを明確化しといて欲しいと言うことなのだろう。
「……もしその内容を断った場合は?」
 可能ならば領主よりも戦争回避の方に今は専念したい。だが、野人たちの機嫌を損ねることは、ひいては里奈との約束の未達につながる。それぞれの選択がどういう結果を招くかをちゃんと理解しておかなければならない。
「この場でお前と敵対してでも里奈を殺しに出る」
 ハチとクロの側近たちがいつでも動けるように構えてくる。
「水桜優真、一ついいことを教えておくわ。あたしとあなたの二人で組めば、ハチとクロの両方を倒せると思うわ。私と虫人領に来てもいいのよ」
 野人を取り込むよりも俺を取り込むことの方が重要だと考えているのだろうか。高く評価してくれるのは嬉しいが、この期に及んで争う道はありえない。
 それに……みんな心をグサグサえぐることを言ってくるな……。
「お前たちは俺が失敗するのがもう前提かのように話をするんだな」
「だって無理だもの。虫人の食の問題は解決策がずっと模索されてきたのよ。ありとあらゆる動植物を食べさせてみたけど、全然うまくいかないのよ」
 やっぱり、そうなのか……。
「それで、返答は?」
 象人が返事を促す。
「……やってもいい。だが、代わりに、里奈との約束が上手くいったら彼女に協力してくれるか? 神々に対抗していくために力を注いでくれるか?」
「いいだろう。虫人との戦争がなくなるのであれば俺たちもやりようは出てくる」
 よし。これならとりあえず当初の目的は達成できそうだ。
「……わかった。グマの地を治めよう。けど、領地経営なんて俺はわからないぞ」
とりあえず、野人たちの狙いは俺を彼らの勢力に取り込むことだったらしい。彼らの狙いに沿いつつ俺の狙いも達成できたので結果は上々と言える。領地経営がどれほど大変なものかはわからないが、これもやらなければならないことだ。
「よし。大丈夫だ。その辺は文官がすべてやってくれる。お前に求められるのは領地を守るための武力だ。細かいことは下の者にやらせればいい」
 そんなんでいいのか。
「優真、そのあたりは俺たちも手伝う。グマの住民のお前に対する印象は、そこの悪魔を生かしたことによるマイナスと、レゴーを取り返したというプラスの両方がある。やりようはいくらでもあるさ」
 ココアが補足してくれる。
「じゃあ次の話だな」
ハチとクロが今度は里奈の方を向く。
「里奈、俺たちと決闘しろ」
 なんだそれは。さっきと言っていることが違うぞ。
「おい、ちょっと待て、さっきので話は終わりじゃないのか?」
「さっきも言った通り、それはそれ、これはこれだ。ポチとは苦楽を共にした親友だ。それを殺されて、はいそうですかと見過ごすことなどできん」
「だが決闘は認められない。彼女との殺し合いなんて言語道断だ」
「いや、殺しはなしの決闘だ。里奈、お前は俺たちには死んでほしくないはず。俺たちも決闘においてお前を殺さないと約束しよう。その条件で決闘をしろ」
「何よそれ。やる意味あるの?」
 里奈が明らかに嫌そうな顔をする。
「俺たちが負ければポチの無念と共にこの件は水に流す。俺たちが勝てばその栄誉を持ってポチにそれを報告する。それだけだ」
 あからさまなため息を里奈が見せてくる。
「無意味ね」
「何とでも言えばいい。あいつは大切な友だったんだ。本当はお前を八つ裂きにしてやりたいくらいだ。むしろこの程度で済むことを感謝してほしいくらいだ」
 里奈がハチとクロをゆっくりと見据える。
「……はぁ……。……わかった。それでケジメにしましょう。同じ上位種同士、誇りを持って戦うことを約束するわ」
 少しだけ驚いた。彼女の口から誇りなんて言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。
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