-remota- 第13話「星空」

文字数 1,439文字

十六夜は、ひとり歩いて其処へ向かいます。
着くと、少し躊躇うような素振りを見せましたが、戸をがらりと開いて、室内を見渡しました。

「…………。」
十六夜は無言のまま、感情のない表情で銀翅の亡骸をみとめると、音もなく傍らに座りました。

――…あんた、まだおったんやなぁ…。
応える声はありません。

十六夜は、少し落胆したかのように溜息をつき、銀翅の亡骸から目を引き剥がすと、外の夜空へと目をやりました。
星の輝きは、雲を通しているせいか僅かに霞んでいます。――気付けばまたしても、否応なく室内の惨状を見つめてしまうのでした。

黒く灼け焦げた壁、蒼い衣、血が乾いた痕、破壊された家具。そして、――少し歪んだ白骨。
恐らく、最も非道く損傷を受けたであろう頭蓋が目に映らないのは、十六夜にとって幸運だったことでしょう。

――今日は満月だから。
十六夜は無理矢理、意識を外に向けます。
――だから、星の輝きも些か…霞むのだろう。

そして、誰にともなく心の内で語りかけました。
――…満月か。なんぼ綺麗な月でも、雲に霞めばどうってことないわな。
もはや何度目かもわからない溜息をつくと、静かに目を伏せました。

「…そうかな? 私はそうは思わないけれど。」
「…ッ!?」
唐突に響いた男の声に、十六夜は驚き、伏せていた眼を見開きました。

十六夜が、はっと顔を上げると、亡骸を挟んだ向かい側――縁側に、柱に(もた)れるようにして、斜め上に月を見上げる銀翅の姿がありました。

「…嗚於。やっと声が届いたのだね。…久しぶり、かな? 十六夜。」
十六夜の視線に気づいた銀翅は、十六夜を見つめ、嬉しそうに微笑みました。

「…っ、な…。」
十六夜は、驚きのあまり口を閉じることさえ忘れてしまいました。

銀翅は、そんな十六夜の様子に、愉快そうに微笑むと、静かな声色で尚も語りかけました。
「…ここからだと、月がよく見えるよ。今ちょうど――雲間から顔を出したところさ。」

――まったく。あの娘は上手いことを言うね。誰に似たのだろうね?
くすくす、と銀翅は笑います。(かつ)てのように、何も変わらず。


「…な、にを…わけの解らんことを…。」
驚いて目を丸くしている十六夜が、ようやく発した言葉がそれでした。

「第一声が、それかい。面白みのない。」
そう言いつつ、やはり銀翅はくすくすと笑うのでした。

「まぁ、いいけれど。君がこうして私を偲んでくれているだけで、私には充分だからね。」
「…。」

「おや、言い返さないのかい?」――いつもなら、何かにつけて反応が返ってくるはずなのに。
そんなに可笑しなことを言ったかな? とでも言いそうな様子で、銀翅は首を傾げました。

「…。…あんた、わざとやっとったんか。」
悪びれる様子もなくぬけぬけと微笑む銀翅に、十六夜は白い目を向けました。

「…おっと、いけないいけない。あまりにも嬉しいので、つい口が滑ってしまった。」
銀翅は、そう言うと、屈託なく微笑みました。

「………。」
十六夜は、毒気を抜かれたような表情で、銀翅を見つめ返します。
銀翅は、そんな十六夜の態度に、いよいよふき出しそうになるのを、懸命に堪えている様子でした。

「…さっきから、何がそんなに可笑しいんや…。」
「…いや、そういうところは変わらないなぁ、と思ってね。」
そう言われた十六夜は、少し照れたように顔をしかめると、鼻を鳴らしてそっぽを向きました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み