-remota- 第14話「星と月」

文字数 1,548文字

「あぁ、そうそう。」
銀翅は、ふと思い出したように言いました。
「あの娘を、よい子に育ててくれて有難う。」

「あんたに礼を言われる筋合いはない。」
十六夜は、相変わらずそっぽを向いたままで答えます。

「…では、こう言おうか。…あの娘を、生かしてくれて有難う。」
「…、…。」

「殺すのは忍びない、という理由からであっても、ああは立派に育てられまいよ。…君には、ひとを導く力があるようだ。」
「…買いかぶりすぎやわ。うちは、なんもしてへんし」

期待されても困る、という視線を向ける十六夜を見つめ、銀翅は流れるように言います。
「…。君だけの価値観を与えることだって出来たはずなのに、君はそれをしなかった。夢という、実に曖昧な場を通して視たものを、あの娘はああも客観的に俯瞰できるのだから、大したものだよ。…私でさえ、惑ってしまったのに。」

――だから、未だにここに在るのだけれども。
最後は、少し苦笑気味に言いました。

「…何が言いたい。」
十六夜は、睨むような視線を向けて言います。

「そうだな。――どうかこれからも、あの娘を導いてやっておくれ。」
ふわりと微笑んで、銀翅は願いました。

「…。…………」
如何にも面倒臭そうな顔をして、十六夜は黙っています。
しかし、銀翅の言葉はこれで終わり、というわけではなかったのでした。
「無論、ただでとは言わないよ。…君が身を隠せるくらいのものは、用意するつもりだ。」

「…その、薄っぺらい身体でか。」
十六夜は、何を用意できるというのか。と、ふん、と鼻で笑いました。

銀翅は苦笑しながら、その通り、と頷きました。
「はんぶんしか、ないけれどね。力を借りられる者もいないし。…けれどまぁ、どうにかなるだろう。」
――つまりはこれが、本当の最期というわけさ。
あっけらかんとして、銀翅は言いました。

「…。」
不快そうな表情を浮かべ、十六夜は溜息をつきました。

「どうだい、清々しいものだろう。…君は、裏切られた対価とはいえ力を得、対象を滅ぼした。親兄弟の仇敵も喰らい、良き理解者も得た。私のような残滓(ざんし)を嘲笑うことができるほどの力も持っている。――そして私は、いずれ消え去る。」
銀翅は、本当の意味で消えてしまうことすら、受け入れているようでした。
――今まで迷惑をかけたね、とでも言いたそうな笑顔を浮かべていたからです。

「うちが、娘を捨てると云ったらどうする。」
相変わらず顔をしかめながら、十六夜は恨めしそうに言います。

「…ほう。せっかく得た理解者を自ら捨ててしまうのかい?」
脅しめいた言葉に怯むどころか、わざとらしく驚いたような表情を浮かべ、銀翅は言いました。

「…。」
十六夜は、眉間のしわをさらに深め、舌打ちで応えました。

「どうせ見守る者を、これからも頼むと言われて、その上対価も払うと言われているのに。…強欲な君が、わざわざ申し出を蹴ると…?」
いつものように、さも愉快そうに、銀翅は言いました。

「…しゃーないな。ええよ。その申し出、受けるわ。」
笑っている銀翅に腹を立てているのか、自分自身に腹を立てているのか。この上なく不快そうに、十六夜は言いました。

「…それはよかった。」――断られたら、どうしようかと思っていたよ。
銀翅は、やはり軽やかに笑いながら言うのでした。

「…なんや、結局あんたの言いなりになってる気がして、癪やわ。」
「とんでもない。今の私は月光にも霞む身だよ。そんな私が畏れ多くも山の神の前に現れて、身一つで願い出ているのだから。」
目を丸くして、銀翅は言います。

「…。」
十六夜は、そんな銀翅をぎろりと睨みつけますが、銀翅は軽やかに声を立てて笑うだけでした。
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登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

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