-cadena-

文字数 1,696文字

この頃、妙なものが視えるようになった。
以前、村に這入(はい)った物怪を滅した折、呪の類を受けた時から。

物怪の呪を受ける事自体は、然程珍しい事ではない。
死に瀕したものが怨みを以て呪を放つのは、当然の事とも言えるからだ。

彼等にとっては理不尽な、此方の都合で命を奪われるのだから、怨めしくない筈がない。
鎮めるでもなく殺めるのであれば、呪を受けるのは仕方のない事。

――呪とは思念の為せるもの。
しかしそれが形さえ帯びるほどのものとなろうとは。

呪は鎖のようなものの形を取って、足に巻き付いていた。
その上それは私以外の者には視えぬようで、十六夜さえ気付いていないようだった。

――余程強い念だったのだろう。
他人の事のように察しはするが、邪魔で仕方がなかった。

鎖の先は視えない。
或いは地の底へ続いているのだろうか。

何の事はない。己の行く末が目に視える形を取っただけの事。
穢れを受けたこの身はいずれ地獄へゆくのだろうと、元より覚悟はしていた。

世はこともなし。
ひとりの命を差し出して村が続くのなら、それに越した事はない。


――そう、思っていた矢先。
物怪と対峙した。あと一息という所で、鎖に足を取られた。

文字通り、足を取られた。
見れば、鎖は片足を奪わんとばかりに絡み付き、ぎしりぎしりと締め上げている。

『怨めしや、呪わしや…』
そう云った声は眼前の物怪から――地の底からも、聴こえたように思った。

刹那、肩から腹にかけて抉られるような痛みが走る。
散った朱色は眼に痛く、染み入るように広がった。

――愈々(いよいよ)か。
痛みも忘れ、待ち侘びた瞬間に頬を緩める。
地に伏し、滔々と流れ出る朱色に息を詰め。――自然と耳が聡くなった。

『嗚呼、血があんなにも流れて…。あれは私のものだというのに。』
『良いぞ、そのまま八つ裂きにしろ。その方が別けるのに容易い。』
『私は頭だ。』
『何を。一番美味いところを攫おうというのか。』
『貴様如きは腕で充分だろう。』
『莫迦を云うな。後から来た奴がしゃあしゃあと宣いおって。』
『皆様、どうか私にも。せめて指先ひとつ、いやいや爪一枚でも…。』

――どこか聞き覚えのあるような、微小な声たちを怪訝に思い、力を振り絞って眼をこじ開ける。
すると、すぐ目の前に見覚えのあるものが。それを辿ると――首元。目を動かせば、腕、指先にまで。――身体中のあらゆる所に、あの鎖が絡み付いていた。

――嗚呼、これはそういう鎖だったのか。
この命が尽きるとき、皆でこの身を喰らい合うのだろう。ひとの都合で消された――もとい、力を奪われたもの達が、また力を得る為に。

消す事はできない。
――しかし、今、物怪を抑える事はできる。

ばしゃり。
対峙する『それ』が、水を跳ねた音がする。

鎖のせいで満足に動かせない身体を懸命に起こす。
『此奴、まだ足掻くか。』
『ほんにしぶとい奴。』
『早う我等の血肉となれ。』

「お生憎。私の力はこの血にこそ宿るのさ。」
応えるように笑い、今にも此方の止めを刺さんとする『それ』を見据え、『呪』を放った。

血に触れた物怪は、忽ち地に縛られ、動きを止めた。
「――我が身は先約で溢れている様だ。…悪いが、(ほか)を当たっておくれ。」


ばらばらと崩れ落ちた『もの』を見送り、漸く自身の傷を押さえる。――これでは恐らく助かるまい。
安堵のような息を漏らし、力の抜けていくままに、又しても、ちに身を埋めた。

――鎖は未だ絡み付いたまま。
その長さは、視えない『彼等』に手繰り寄せられるかのように、少しずつ短くなっている。じきに、身動きすら取れなくなるのだろう。

『八つ裂きにはならなんだか。』
『なに、この鎖を引いてゆけば自ずとそうなるさ。』
『それもそうだ。』
『早う。早う引いてしまいましょう。』

――どうやら死を待たずして、此の身は八つ裂きになるらしいな。
遠退いてゆく景色と同様、どこか遠くにあって、他人の事の様に思えてならない己の行く末を、ぼんやりとした頭で受け入れた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み