-eclipsar- 第2話「祓う者」 ~ eclipse negro

文字数 1,275文字

とある一族に伝わりし伝承
されど偽りか真かは、当事者にしか判らぬ噺

***

――こんな世など、壊れてしまえば良いのに。
時折、そう思う事があった。

或いは、これは単なる私の夢想かもしれない。
ほんとうのことは、きっともう、誰にも判らないだろう。

***

「十六夜。――少し出かけてくるよ。」
「は? こんな夜中に、どこ行くん?」

「少し、印が解けそうな処があるんだ。…危ないから、直ぐに済ませてくるよ。」
「…、ふぅん。――気ぃつけてな。」

「ああ。有難う。――直ぐに戻るから。」
「あんたが変に急いで、しんどそうに帰ってこられる方がめんどいわ。気にせんと行っといで。」

「…、そうかい。まぁ、行ってくるよ。」
「ああ。」

***

ざく、と足を踏み出した。
前方には闇。ざわざわと何かが蠢く気配がする。

物怪は夜に蠢くものだ。
昔から接してきたそれを、殊更恐ろしいとは感じない。寧ろ、親しみすら覚えている。


印を施したそれに近づく。
祀るべきものとして、岩に縄がかけてあるだけのものだ。

村人にも解りやすくするために縄をかけてあるが、それ自体が要というわけではない。
岩に手を触れ、改めて印を施す。それによって、封じることができる。

いつものことだ、と、それに手を伸ばした。何故、印の力が弱まったのかを探る為だ。
ひた、と触れると、冷ややかな感触が伝わってくる。

――…?
僅かに違和感を覚えた。原因になりそうな事象が見当たらなかったからだ。

となると、私の力不足か?
――やれやれ、十六夜と時を同じくし過ぎたか?
私は、僅かに苦笑するより他に無い。

寸分の気の緩みもあってはならない。――気を改めて、静かに己と向き合った。


ざわ、と木が揺れる。
月の無い晩だからか、やけに闇が濃いように感じた。

印を施しても、いずれはまた緩む。
願いを叶えても、いずれはまた希う。
際限の無い輪廻に身を投じるのは、もう、止めにした方が良いのかもしれない。

印の解けかけたそれに、己が飲まれたのか。或いは、初めからそうする心算だったのか。
――恐らく、神にすら解るまい。


音もなくその印を解くと、直ちに呪で縛った。
契約ですらないそれに縛られ、物怪は容易に手中に治まった。

――何だ、こんなにも容易な事だったのか。
――もっと早く気付いていれば、此処まで堕とすこともなかったのに。


何処か清々しい気分で、本家に身を移した。

進入を許されていない、正面から入る。
庭先へ至ると、直ぐに大きな母屋が目に入る。
――がたん、という音で気付いたのだろう、父と馴染みの深い家人(けにん)が近付いてくるのが見えた。

「銀翅様。何故このような所からお入りに――?」
「父上に、急を要する報せがありますもので。――このような時間に、申し訳ない。」

「そうでございますか。…では、御当主様をお呼び致します。少々お待ちを…。」
「ああ。――出来るだけ早く、頼むよ。」

家人は、応として頭を下げると、直ぐに当主を呼びに行った。
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登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

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