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文字数 904文字

「…蓮華殿。子を授かったと聞いたが、それは真ですか?」
「翅葉様。――えぇ、真に御座います。」
「そうか、それは目出度(めでた)い。…余り、身体を冷やさぬようになさい。」
「はい。有難う御座います。」

***

「…どうするのだ。この家の世継はお前の子と決まっているのに。」
「…は。申し訳ありません。」
「まぁ、…何も手がないわけではないがな。――翅葉の子を、お前の養子とせよ。」
「はい。仰せのままに――父上。」

***

「翅葉。父上からのご命令だ。…刃向えばどうなるか、解っていような?」
「…。…………しかし…」
「唯でさえお前は疎ましいのに。――くそ、何故だ…! 何故俺には子が出来ぬのだ…」
「――兄上。こればかりは神の思し召し故、人の身にどうにかできるものではありませんよ。」
「五月蝿い。…物怪の障りも防げぬ癖に、神の思し召しだと? ふん、お前は愈々に祟られているらしいな。――とにかく、お前の子は私の妻が育てる。解ったな?」
「…は。承知致しました。」

***

「翅葉様。…私の、子は…?」
「――残念だが。既に、神の許へと還ってしまったよ。」

***

「…あぁ、銀翅様。お久しゅう御座います。――蓮華様のご様子は…?」
「すっかり臥せてしまっている。――彼女には、気の毒な事だった。」
「えぇ、そうでございますとも…。嗚呼…お労しや…」

***

ばきり、という音が聞こえました。
男の腕からがくりと力が抜け、男に抱かれていた赤子が静かに女の亡骸の上に滑り落ちます。

十六夜は、そのまま男を横に放り投げると、泣き叫ぶ赤子に目をやりました。
「…。…………」

あの碌でなしと、この女のガキか。
しばらくの間、十六夜は赤子を見つめます。

どうやらその赤子は、産まれてからさほど間もない様子でした。
「…………、…流石に、生まれたばっかりの赤ん坊は、なんも悪くないか。」
十六夜は、さらにほんの少し考え込み、溜息をひとつ零すと、赤子を抱えてその場から立ち去りました。

――厭やけど、ほっといたら死ぬし、山に連れて帰ろ。
気まぐれな狐の性分が、その赤子を生かしたのでした。
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登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

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