-eclipsar- 第3話「闇のうち」 ~ eclipse negro

文字数 1,779文字

暫しの間庭先で待っていると、この時刻であるにも(かかわ)らず厳粛な雰囲気を纏い、当主の男が現れた。
「銀翅…! 貴様、このような時刻に何の用があって参った? それも、出入りを禁じた筈の表門から入りおって。」
「夜半に畏れ入ります。…こればかりはどうしても父上のお耳に入れねばならぬと思い、参上つかまつりました。」

「一体なんの騒ぎです? 火急の用があるからと呼びつけて置いて。無礼な。」
現れた女性は伴侶と同じくして縁側に並び立ち、如何にも不機嫌な声色で訊ねられる。
「…印が解けかかっているのです、母上。」

「何…?」――鋭く向けられた四つの視線は、僅かに戸惑いを見せた。
「私が封じた物怪の印が。…原因を探りましたが解らず、急ぎお力添えをお願いに参りました。取り急ぎ、物怪より村を守る為、村を結界で封じました。」

そう言って微笑むと、静かにその印を解いた。
「…嗚呼。印が…解ける――」

「…!?」
力の流れから、明らかに故意でやっていることは直ぐに明白になるだろう。

くす。
「――なぁんて、ね。」

「貴様、故意にやっているだろう…?」
「ええ。…父上には、別件のお話があって参りました。」
くすくす、と、いつものように笑い。

ごう、と強い風が吹く。
同時に、ぱっと辺りが明るくなった。どこからか、炎が上がったのだろう。紅く照らし出された表情が、驚愕の色を帯びた。
「何故、このような事をする…?」

何故…?
貴方が其れを問うのですか? ――そう思うと、どうにも笑いが止められなかった。

――ふ…っ、くくく、あははははは。
つい、殺気を隠すことも忘れてしまった。――そのせいか、居合わせた誰もが僅かに怯んでいる。

「…っと、此れは失礼。…何故、と仰いましたか? …そうですね、もしも解ったのならば見逃してやっても構いませんよ。何故だと思いますか?」
はぁ、と、笑いを吐息に変え、笑みを絶やさぬように気を配りながら、尚も問い直した。

「…貴様、そんなにも我が家督が惜しいのか?」
驚愕の表情と共に向けられた言葉。

それに応えたのは、斬、という音。――これくらいが解りやすくて、程良いだろう。
「残念、外れです。」――くすくす。

その最期に、(おのの)狼狽(うろた)える母にも、同じ笑みを向ける。
「…、私が求めているのは謝罪ではありませんよ、母上。…解るのか、解らないのかを尋ねているのです。」

――…、答える事すら出来ないか。全く、仕様の無い。
目に余る無様さに思わず吐息を漏らす。そして、母だった者はその伴侶と同じ最期を迎えた。

「第一声が、それか。面白みのない。」
頬にまで飛んだそれを気にするでもなく、ただ足元を染める朱色を見つめ、何気なく呟いた。

***

息を殺して、様子を伺っていた。
とうとうこの時が来たらしい。…静かに其処を離れ、『それ』を隠した。

***

ふらりと彷徨ううちに、騒ぎは屋敷中に伝わったらしい。
どこか騒々しい屋敷の内で、出遭った者を払い除けながら、目当ての者を捜した。

物怪が襲ってきている、と村人も騒ぎ、門前に押し寄せているようだ。
門の閂は掛けてあるが、ひょっとすると塀を越えられるかもしれない。――危険を前にしたものは、時に恐るべき力でそれに抗おうとする。

――…時を経るほど面倒になる。式神を使うか。
無為に大きな屋敷の内側で、そう思案する。

村の為にと使っていた頃が懐かしい。
つい昨日迄の事であるにも拘らず、そう思った。

――序でに、兄や妻も見つけ出してもらうとするか。
捜しているのは、兄と妻、そして我が子のみ。

「…さぁ、見つけてお出で。」
懐にあった紙に朱の文字を書き、ばらりとばら撒くと、それは狐の形を取った。

そしてそれらが四方八方に散ると、暫くして一匹が戻ってくる。
「――見つけたかい。」

***

纏わりつくそれを、一度に滅した。
これは、あいつの式神らしい。――俺を捜しているのか。…まぁ、無理もないだろう。

***

緩慢な動作でそれを追う。
示された処に着くと、式神は静かに消えた。

「…、蓮華殿。」
「…! なんという事…!!」
臥せた身体を懸命に起こした彼女に、何時ものように笑みを向けたが、彼女はただ驚くばかりだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み