-remota- 第12話「風車と月」

文字数 1,942文字

「ああ、遙。おかえり。…あんた、また泥だらけになって…。」
「おけがはしてないから、だいじょうぶだよ。」

「ほんなら、ええけど…。…、何やそれ」
遙が背に隠すように持っていたそれを見ると、十六夜は明らかに棘のある声色で尋ねました。

「かざぐるま!」
遙は無邪気に答えます。

「そんなもん見りゃわかる。…私、前に教えたよな? 持って帰ったらあかんで、って。」
十六夜は溜息をつき、既に伝えたはずの教えを繰り返しました。

「それは墓標だから、だよね?」
遙も、以前十六夜に伝えたことを再度繰り返します。

「…。………、せや。」
何かに観念したかのように、十六夜は遙の言葉を認めます。

「どうして、墓標だったら、持って帰ったらいけないの?」
「…?」

「墓標なんだったら、弔ってあげないといけないんじゃないの? 触っちゃいけないんじゃなくて、思い出してあげないといけないんじゃないの?」
「…………。…誰に教えてもーてん、そんな事。」
整然とした遙の考えに、十六夜は驚いたような表情を浮かべます。

「だれにも教えてもらってない。わたしが考えたの。…おかあさんだって、わかってるでしょう?」
「……。ふーん…。」
さては銀翅辺りが何か吹き込んだのでは? と考えた十六夜でしたが、遙の目を見ているうちに、どうやら本当らしいと解ったのでした。

十六夜は、諦めたように目を瞑り、長い息を吐き出しました。
「…、ほんなら、それ、誰の風車や。言うてみ。」

「おとうさんのだよ。」
「は!?」
亡骸のある辺りから動けないはずの銀翅を、連れてきたのだと、遙は言うのでした。

「おとうさん、今もまだ、おとうさんとおかあさんのおうちにいたの。離れられないって。……きっと、一番弔ってほしいひとが、弔ってくれないから。」
「……。んな阿呆な。…あいつが、そう言うたんか?」

「…。」
遙は無言のまま、こくりと頷きました。

――伝えていないはずなのに、解っていたのか。この娘は…。
傍らにいる銀翅は、遙の思慮深さに驚くことしかできませんでした。

「…それが、どうした言うねん。離れられんくてもうちの知ったことやないし。」
悲痛そうな表情で、十六夜は言います。
「村人に呆気なくやられて、それが悔しくて恨めしいからおる、っちゅうならまだ解る。…けど、なんでうちが弔わんからって地上に残るんや。…意味解らん。」

「…。…………」
己の浮かべている表情に気付いていない十六夜を、遙は怒ったような表情で見つめます。

「…おかあさん、うそつきは、よくない。」
「は?」

「おかあさん、このお山のかみさまなんでしょう? かみさまがうごかないから、このお山もうごかない。…このお山だけずうっと、あかいろのままなの。」
――十六夜が村を滅ぼしてから、十六夜のいる山だけが、まるで切り取られたように、秋色のままなのです。

「ここだけ、さむくならないし、あつくもならない。私、お山でずうっと遊んでいたけど、どこまでいっても下におりられない。気付いたら、おうちか、おとうさんとおかあさんのおうちにいるの。…まえは、村に行けたのに。」
「……………。」

「おかあさんだって、解ってるでしょう? おかあさんは、おとうさんがいなくなってから、ずうっとそのままなの。おとうさんだけが残ってるんじゃなくて、おかあさんも残ってるの。…だから、おとうさんはここから離れられないの。」

――十六夜が山を閉ざしてしまったから、銀翅も残されてしまったのか。
――十六夜が自身を鎖しているから、気にかけた銀翅が離れられないのか。
どちらとも取れる言い方に一番驚いたのは、他ならぬ十六夜なのでした。

「…。」
十六夜は相変わらず、不快そうに目を細めています。――ともすれば、それは三日月のようにも見えました。

「…おかあさん。今日はまんげつだよ。」
そんな十六夜の目を見つめ、遙は優しく微笑みかけました。
どこか銀翅に似たその笑顔に、十六夜は幽かに懐かしさを覚えます。

――眼を開けて、真実を見つめなさい。
そう言われた気がした十六夜は、静かに溜息をつきました。

眼を閉じて俯いた十六夜は、その足を玄関へと向かわせます。
「…、解ったわ。――夜まで待ってくれるか。」
そして、どうせその辺におるんやろう、という仕草で、まるで銀翅に向けたかのように問いかけるのでした。

「うん。おかあさん。」
遙は、満足げに頷きます。
十六夜は、遙の声に一瞬足を止めますが、無言のまま家を出て行ってしまいました。

「…いってらっしゃい、おとうさん。」
遙は、笑顔のまま十六夜を見送ると、十六夜の後ろ姿に向けて小さく呟きました。
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登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

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