-llorosa-

文字数 1,798文字

木々のざわめく音がして、静かに目を開ける。

遙は、隣で眠っている。
まだあどけなさの残る寝顔を見、どこか懐かしいような、けれど――哀しい溜息を、ひとつ零す。

何となく、外が見たくなった。
きっと、木々があんまりにも騒がしいから。

私は、眠っている遙を起こさないように、静かに家の外へ出る。
空を見上げると、弦のように細い月が静かに浮かんでいる。それに照らされた木々は、歌うようにさわさわと揺れる。

月明かりに導かれるように、或いは木々の歌声に導かれるように歩く。
耳を澄ましても、自身が枝葉を踏みしめる音が、一番近くにあるだけだ。


気付けば、かつて村があった辺りまで来ていた。
木々の歌う声の合間に、からからと風車の廻る音が混じる。

――ああ、煩い。
思わず、顔をしかめる。

――何でまた、よりによって此処へ。
そのまま、胸の内で毒づくが、来てしまったものは仕方がない。

――きっと、あんな夢をみたせいだ。
そうぼやきながら、その足を村へと向かわせた。


かつてと何も変わらぬ風景。――多少崩れかかってはいるが、まだ『村』の面影は残っている。
村のかたちをした其処には、当然のように人の気配はない。ただ風が吹き抜け、風車が廻る音が響くだけ。

誰もいない廃村に、ぽつりと赤い着物の女。空には細い月、満天の夜空。
けれど、その女の目には鋭利すぎる光が宿っている。


ゆらりと、人影が動いたように思う。
その方向に目を向けると、さしていたはずの風車が抜けていた。

ああ、あの子は…。戻せと言ったのに、投げただけだったのか。
ほんとうに、しようのない子。
けれど、可愛くないわけではない。彷徨い出たそれに遙が害されなかったことを、よしとしようではないか。

「――、戻れ。」
それの目を見つめ、ひとこと、呟く。
ことばは呪となって、ふたたび魂を縛る。

ざまぁないな。
実に呆気ない。私の手にかかれば、村のひとつくらい。


私が、壊した。
あいつが、必死になって守ろうとしたものを。

壊すのは、かんたんだ。
叩き潰すも、握り潰すも、思いのまま。
粉々に砕けようが、少し残ろうが、関係ない。もとの形がくずれれば、それは壊れたということ。

けれど、つくるのはきっと、難しい。
どんなかたちであれ、何かを生み出すのは途方もない苦労を伴う。

己を呪いながらただ苦しみを積み上げて、それでも自分以外のしあわせを願ったあいつは、その顔にいつも、労にそぐわぬ笑みを浮かべていた。
――また逢おう。と云った、さいごの瞬間さえも。


私はなんだ?
あいつの作ったものを、感情に任せて喰い潰しただけだ。

自らを喰らって力とせよと、そうして壊してしまえと、あいつは確かに云った。
けれど、ほんとうにそんなことを、あいつは望んだのだろうか?

私が、言わせた?
迷ったあいつを見たのは初めてだった。霊魂のそれは、脆い自我だとも言っていた。


遙が、あいつを救った。
けれど私は、遙のようにはなれない。
全てを俯瞰して、それでもなお、村人を赦せるような存在には。


ふらりと彷徨ううちに、村の一番奥まで来ていた。
こんなところまで来てしまうとは、と、またしても溜息をひとつ零す。

眼前には、あいつの生まれた家。
初めて、その全景をゆっくりと眺める。村一番の大きな屋敷ではあったが、私にはとても小さく見えた。

こんなちっぽけな檻で、あいつはずっと囀っていたのだ。
寂しささえ知らず、哀しいとも言えず。何もかもを諦めて、それでもできることはないか、どうすれば村人に喜んでもらえるか、そればかりを考えて。

ひとりだけ鳥になり損ない、周りの鳥に喰い潰された蟲。
銀の翅は私が拾ったよ。お前を喰ったいじわるな鳥は、(わたし)が全部喰い尽くしたよ。


ほんとうに、ばかな鳥どもだった。
たったいっぴきの蟲を喰ったせいで、狐に喰い殺されるんだから。


おおくの鳥が、いっぴきの蟲に群がり。
いっぴきの狐が、おおくの鳥を喰い荒らす。


いつの間にか私は、声をあげて笑っていた。
だってここまで滑稽な噺、きいたことがないでしょう?

滲む涙は、きっと蟲のため。
可哀想に、と泣いてやる存在が、何処にもいないのはかわいそうだから。

さいごにのこった狐くらいは、蟲のために泣いてやったっていい。
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登場人物紹介

十六夜

山に棲む狐。

銀翅

陰陽師の男。

銀翅に仕える少年。

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