第1話 無職透明
文字数 1,123文字
私は今のところ無職だが、世間は忙しそうだ。
2020年の年末まで土工の仕事をこなしていたが、男の意地と見栄の混雑する職場がどうにも私に向いていないと思い、勢いのままにやめて今日までゴールデンウィークが継続している。
無職と聞くと、根暗で部屋に引きこもってゲームやネットばかりやっているイメージを連想されると思われるが、社長といっても大企業から個人経営までピンキリであるように、私のように朝5時に起きて日の出を全身で味わいながら東京都某区を二時間かけて練り歩くようなアウトドアな無職もいるのだ。
私は今日も散歩する。
太陽は無職にも平等だ。散歩しているだけで無償で朝日を浴びさせてくれて、生活リズムを整えてくれるどころか幸福感さえ満たしてくれる。
そして散歩の道中、私は安い総菜パンをよく買う。二時間も歩くとなると腹が減るのは当然のことだが、朝早くから出勤しなければならない車の渋滞を横目に見ながら食べるパンは、妙な背徳感につつまれながら改めて自由を知り、享受することができ、その安い味ですら、これがまた幸せを感じさせてくれる。
人はこれくらいで幸せになれるのだ。
私は日々に追われなくなったことで、そこかしこに溢れる小さな幸福や出来事に目をやることができるようになっていた。たとえば、東京スカイツリーの一番美しい瞬間は夜にライトアップされた姿だと思っていたが、その一番美しい瞬間は、都心に孤高として屹立するその様が生命を芽生えさせる朝日に照らされた瞬間だと気づくことができた。異論は構わない。
渋滞の車列の中に高級車を見つける。運転手はもちろんスーツを着ていて、ハンドルにかけた腕には高そうな腕時計がつけられている。
かたや、歩きに安い総菜パン。
かたや、高級車に高そうな腕時計。
ものの見事に貧富の差がわかれた構図である。
しかし高級車に乗る彼の目は、前方の車を見つめるだけの受動的な目をしていた。高級車に乗ってスーツも着こなして、私とは真逆の、世間でいうところの勝ち組の枠にいるだろうに、そんな目をするのかと思ってしまった。
私はパンをもぐもぐしながら考えた。
彼には、外側からの幸せだ。
私には、内側からの幸せだ。
べつに幸せに優劣をつけたいわけじゃない。幸せの度合いなんて個人の感性で異なるものだから。ただ私は彼をうらやましいとは微塵も思わなかった。高級車に乗って早朝出勤する姿に、どことなく矛盾を覚えたからだ。
はたして彼の目には、朝日に照らされて力強く生き生きと輝くあのスカイツリーが映っているのだろうか。
しかしながら私の目にも、徐々にすり減っていく預金残高が映っているのだろうか。
無論、どちらの幸せもあるに越したことはない。
2020年の年末まで土工の仕事をこなしていたが、男の意地と見栄の混雑する職場がどうにも私に向いていないと思い、勢いのままにやめて今日までゴールデンウィークが継続している。
無職と聞くと、根暗で部屋に引きこもってゲームやネットばかりやっているイメージを連想されると思われるが、社長といっても大企業から個人経営までピンキリであるように、私のように朝5時に起きて日の出を全身で味わいながら東京都某区を二時間かけて練り歩くようなアウトドアな無職もいるのだ。
私は今日も散歩する。
太陽は無職にも平等だ。散歩しているだけで無償で朝日を浴びさせてくれて、生活リズムを整えてくれるどころか幸福感さえ満たしてくれる。
そして散歩の道中、私は安い総菜パンをよく買う。二時間も歩くとなると腹が減るのは当然のことだが、朝早くから出勤しなければならない車の渋滞を横目に見ながら食べるパンは、妙な背徳感につつまれながら改めて自由を知り、享受することができ、その安い味ですら、これがまた幸せを感じさせてくれる。
人はこれくらいで幸せになれるのだ。
私は日々に追われなくなったことで、そこかしこに溢れる小さな幸福や出来事に目をやることができるようになっていた。たとえば、東京スカイツリーの一番美しい瞬間は夜にライトアップされた姿だと思っていたが、その一番美しい瞬間は、都心に孤高として屹立するその様が生命を芽生えさせる朝日に照らされた瞬間だと気づくことができた。異論は構わない。
渋滞の車列の中に高級車を見つける。運転手はもちろんスーツを着ていて、ハンドルにかけた腕には高そうな腕時計がつけられている。
かたや、歩きに安い総菜パン。
かたや、高級車に高そうな腕時計。
ものの見事に貧富の差がわかれた構図である。
しかし高級車に乗る彼の目は、前方の車を見つめるだけの受動的な目をしていた。高級車に乗ってスーツも着こなして、私とは真逆の、世間でいうところの勝ち組の枠にいるだろうに、そんな目をするのかと思ってしまった。
私はパンをもぐもぐしながら考えた。
彼には、外側からの幸せだ。
私には、内側からの幸せだ。
べつに幸せに優劣をつけたいわけじゃない。幸せの度合いなんて個人の感性で異なるものだから。ただ私は彼をうらやましいとは微塵も思わなかった。高級車に乗って早朝出勤する姿に、どことなく矛盾を覚えたからだ。
はたして彼の目には、朝日に照らされて力強く生き生きと輝くあのスカイツリーが映っているのだろうか。
しかしながら私の目にも、徐々にすり減っていく預金残高が映っているのだろうか。
無論、どちらの幸せもあるに越したことはない。