第9話 ママチャリ300kmの旅 その3(轢き逃げ回・前編)
文字数 2,193文字
空気入れが壊れるトラブルを見事に対処した(MEGAドンキで新しいのを購入しただけ)ことで私の中に、自信と元気が湧いてきた。
これはいける。
私は闇夜ばかりの道路を突き進む。ときおり隣をトラックが走り、まるで荒々しく応援してくれているかのように、轟音を立てて走り抜いていく。なんだかいい夜になってきた。
新旧の空気入れを荷台にくくりつけた自転車を、漕いで漕いで、漕ぎまくる。
そして見える看板。
青い文字で書かれた『神奈川県』と『横浜市』。
進行具合は、順調だった。
……あの橋を渡るまでは。
橋の名前は憶えている、というか、橋の名前をスマホでガッツリと撮っていたから間違いなくわかるのだが、ここでは伏せさせていただく。もし知りたい方がいれば、私のように東京から愛知まで走ってみるか、『船』のマークがある橋で調べてほしい。
本来、自転車の走るべき場所は道路の白線の左側だが、歩道があるのなら歩行者に配慮して歩道を走ったほうが車との距離がとれて安全だ。とくに私のように誰もいない深夜に長距離を走るのなら、なおさらだ。
私はその橋の右側にある歩道を走る。
その橋はそこそこ長く、そして出口には信号のある十字路がある。
そこで左折しなければならないのだが、私は今、右側の歩道にいるため、そのまま曲がることはできない。安全第一を考えて、信号のある十字路まで進み、自転車を左向きにかえて、きちんと白線の左側のポジションに立ち、信号を使って渡ることにした。
べつに車もほとんど来ないのだから適当なところで渡ればいいじゃないかと思う方もいるかもしれないが、そういう油断の積み重ねが思わぬ事故につながる……と、世間では口酸っぱく言われているので、私は愚直に交通ルールに従う。
信号を待つ私。
すると車が隣に一台、そしてまた一台やってきた。合計二台の車。
できれば状況を絵で説明したいが……。
|道|
| |
―― ――
信号 ←車←車
―― ―←私
| |
|橋|
これで勘弁していただきたい。
チラリと二台の車を見る。ウィンカーはなし。
信号が青になった。
まず一台目の車は普通に直進。私は二台目がどう動くか振り返って見てみると、ウィンカーは点滅しておらず、なにやら動く気配もなかった。まあ、直進同士なら事故もないだろうと私はペダルを踏んだ。
そのすぐあとだ。
橋を横切る私を、車のヘッドライトが照らした。
それは、二台目の車のものだった。
そのとき思考は「は?」だった。
そのシーンは今も覚えている。すでに橋の中央線あたりにいる私の横に、その車体が接近してきたのだ。それに気づいた時、距離は1mあるかどうか。それに、流れ的にもおかしかった。先に私が十字路に進入しているのだから、その車の視界には入っているはずだ。しかもその車は一台目の車が進んでも、その距離を詰めることなくその場で停車していた。だから距離間から考えても一気に詰めない限りは、私の横までやってこられないのだ。
一瞬で血の気が引いた。
とはいえ、その車が急停止さえすれば接触しない状況だと感覚的にわかった。
その車、アクセル踏みやがった。
ここで二度目の「は?」である。
なんでアクセル踏むの? 何しているの?
そう、瞬発的に思いながら、私と車は衝突する。
アウトドアな無職も、産業革命の塊には勝てなかった。
私と自転車は、橋の左側の欄干まで弾き飛ばされる。
視界が横になる。
意識があるのは、理解した。
そう、轢かれたときってパニックになるから『意識があるのを理解する』っていう、若干思考が遅れた感じになるんだよね。例えるなら、クッソ眠いときに無理やり起こされて何かさせられるときの、あの鈍い感じ。
ただこのとき、ひどい怪我もしていないなと、これまた感覚的ではあるが把握した。
私は倒れたまま車のほうを見る。
車は7~8m先で速度を一瞬、落とす。
そして、走り去った。
三度目の「は?」である。
その車は、右側走行で逃げていった。
轢き逃げが成立した瞬間である。
あとから考えれば、その車はおかしな運転しかしていない。
ウィンカーは出していない、前の車が動いたのに気づかない……ほかにもある。
さきほど説明したように、急いで十字路に進入しなければ接触するような間合いではないし、そもそも私は橋の中央まで進んでいる、つまり少なくとも自転車の半分は車の通らない場所にある。接触したとしても自転車の後輪部分だけならまだわかるが、ものの見事に私の乗る自転車の芯をとらえてぶつかってきたのだ。これが俗にいうスラッガーか。
視界が悪かったという可能性は、まあない。
雨も降っていなければ、橋は外灯で明るく、私の自転車の色はミントグリーンだ。
これを見逃すようであれば、自転車に乗り換えたほうがいい。
そして極めつけは、アクセル全開と右側逃走。
スマホ、居眠り、飲酒。このどれかだろう。
まあ、スマホいじっていたんじゃないかな。今考えると。
しかし、これでもかというぐらいに安全には配慮していたのに、このざまだ。情けない。
このあとは警察を呼ぶのだが、今回はこの辺で。
……思い出していたら、少しばかりイラついて文章にぶつけたかもしれない。
そこはご容赦を。
つづく
これはいける。
私は闇夜ばかりの道路を突き進む。ときおり隣をトラックが走り、まるで荒々しく応援してくれているかのように、轟音を立てて走り抜いていく。なんだかいい夜になってきた。
新旧の空気入れを荷台にくくりつけた自転車を、漕いで漕いで、漕ぎまくる。
そして見える看板。
青い文字で書かれた『神奈川県』と『横浜市』。
進行具合は、順調だった。
……あの橋を渡るまでは。
橋の名前は憶えている、というか、橋の名前をスマホでガッツリと撮っていたから間違いなくわかるのだが、ここでは伏せさせていただく。もし知りたい方がいれば、私のように東京から愛知まで走ってみるか、『船』のマークがある橋で調べてほしい。
本来、自転車の走るべき場所は道路の白線の左側だが、歩道があるのなら歩行者に配慮して歩道を走ったほうが車との距離がとれて安全だ。とくに私のように誰もいない深夜に長距離を走るのなら、なおさらだ。
私はその橋の右側にある歩道を走る。
その橋はそこそこ長く、そして出口には信号のある十字路がある。
そこで左折しなければならないのだが、私は今、右側の歩道にいるため、そのまま曲がることはできない。安全第一を考えて、信号のある十字路まで進み、自転車を左向きにかえて、きちんと白線の左側のポジションに立ち、信号を使って渡ることにした。
べつに車もほとんど来ないのだから適当なところで渡ればいいじゃないかと思う方もいるかもしれないが、そういう油断の積み重ねが思わぬ事故につながる……と、世間では口酸っぱく言われているので、私は愚直に交通ルールに従う。
信号を待つ私。
すると車が隣に一台、そしてまた一台やってきた。合計二台の車。
できれば状況を絵で説明したいが……。
|道|
| |
―― ――
信号 ←車←車
―― ―←私
| |
|橋|
これで勘弁していただきたい。
チラリと二台の車を見る。ウィンカーはなし。
信号が青になった。
まず一台目の車は普通に直進。私は二台目がどう動くか振り返って見てみると、ウィンカーは点滅しておらず、なにやら動く気配もなかった。まあ、直進同士なら事故もないだろうと私はペダルを踏んだ。
そのすぐあとだ。
橋を横切る私を、車のヘッドライトが照らした。
それは、二台目の車のものだった。
そのとき思考は「は?」だった。
そのシーンは今も覚えている。すでに橋の中央線あたりにいる私の横に、その車体が接近してきたのだ。それに気づいた時、距離は1mあるかどうか。それに、流れ的にもおかしかった。先に私が十字路に進入しているのだから、その車の視界には入っているはずだ。しかもその車は一台目の車が進んでも、その距離を詰めることなくその場で停車していた。だから距離間から考えても一気に詰めない限りは、私の横までやってこられないのだ。
一瞬で血の気が引いた。
とはいえ、その車が急停止さえすれば接触しない状況だと感覚的にわかった。
その車、アクセル踏みやがった。
ここで二度目の「は?」である。
なんでアクセル踏むの? 何しているの?
そう、瞬発的に思いながら、私と車は衝突する。
アウトドアな無職も、産業革命の塊には勝てなかった。
私と自転車は、橋の左側の欄干まで弾き飛ばされる。
視界が横になる。
意識があるのは、理解した。
そう、轢かれたときってパニックになるから『意識があるのを理解する』っていう、若干思考が遅れた感じになるんだよね。例えるなら、クッソ眠いときに無理やり起こされて何かさせられるときの、あの鈍い感じ。
ただこのとき、ひどい怪我もしていないなと、これまた感覚的ではあるが把握した。
私は倒れたまま車のほうを見る。
車は7~8m先で速度を一瞬、落とす。
そして、走り去った。
三度目の「は?」である。
その車は、右側走行で逃げていった。
轢き逃げが成立した瞬間である。
あとから考えれば、その車はおかしな運転しかしていない。
ウィンカーは出していない、前の車が動いたのに気づかない……ほかにもある。
さきほど説明したように、急いで十字路に進入しなければ接触するような間合いではないし、そもそも私は橋の中央まで進んでいる、つまり少なくとも自転車の半分は車の通らない場所にある。接触したとしても自転車の後輪部分だけならまだわかるが、ものの見事に私の乗る自転車の芯をとらえてぶつかってきたのだ。これが俗にいうスラッガーか。
視界が悪かったという可能性は、まあない。
雨も降っていなければ、橋は外灯で明るく、私の自転車の色はミントグリーンだ。
これを見逃すようであれば、自転車に乗り換えたほうがいい。
そして極めつけは、アクセル全開と右側逃走。
スマホ、居眠り、飲酒。このどれかだろう。
まあ、スマホいじっていたんじゃないかな。今考えると。
しかし、これでもかというぐらいに安全には配慮していたのに、このざまだ。情けない。
このあとは警察を呼ぶのだが、今回はこの辺で。
……思い出していたら、少しばかりイラついて文章にぶつけたかもしれない。
そこはご容赦を。
つづく