第8話 ママチャリ300kmの旅 その2
文字数 1,160文字
国道246号、そして青い看板には『静岡 161km』の文字。
愛知はまだ遠い。
しかしすでに走行距離は50kmを越えた。もう引き返すのも躊躇われる距離だ。
だが、トラブルが発生してしまう。
以前に説明した、旅を成功させるための絶対条件の一つである『自転車をパンクさせないこと』を守るため、こまめにタイヤに空気を入れていた私だが、また空気を入れようと荷台から空気入れを外すと、カキーン、という金属音が地面のアスファルトから響いた。
……おかしい。
私の空気入れは金属製だが、落とさずにちゃんと手に持っている。
私は暗い夜道に目を凝らすと、黒い塊を見つけた。
それは紛れもなく、空気入れだった。
私は理解する。
私が持っているのは空気入れの筒状の部位だけ。
そこに落ちていたのは空気入れの底にあるポンプ部分。
空気入れが壊れた。
これは想定していなかった。
経年劣化していた空気入れに、自転車の走行による衝撃は耐えられなかったのだ。
しかも、なんでこんな中途半端な場所で壊れてしまうのか。ひどくついていない。
ここで選択肢は二つ。
引き返すか、進むか。
周囲に街らしきものもなければ、時刻はすでに深夜を回っている。しかもこの先はしばらく道路のみ。進んだ先で万が一パンクしたときは、自転車をひいて体力と時間を浪費しながら街のある所まで進み、なおかつ自転車屋のシャッターが開くまで朝まで待たないといけなくなる。ただでさえ体力を重宝しなければならないのに時間もかかり、時間がかかれば宿代もかかる。
いろんな不安要素が込み上げ、そしてなによりも、まだ引き返せる距離でもあった。
ま、もちろん進むんだけど。
アウトドアの無職をなめないでほしい。
というか、50kmも進んでいるからもう戻りたくなかった。引き返しても疲れるのだから、進んでめちゃくちゃ疲れよう。
そういう気持ちで、私は後先考えずに漕いだ。未来を見据えないあたりがじつに私らしい。
しかし、奇跡は起こるものだ。
こればかりは本当に奇跡だと思える。
玉砕覚悟で何も考えずただひたすらに暗闇の道を走っていた私の目に、まばゆい光が飛び込む。
「ふお……」
思わず言葉が漏れた。
私の前に現れた――『MEGAドンキ』。
まさか、このような周囲に高い建物などない場所にあるとは思いもしなかった。
腹に『ド』と書かれたペンギンは、私を誘うかのように煌々と輝いている。入店しないわけがない。もちろん目当ては、空気入れだ。それはすぐに見つかった。当然だ、MEGAドンキだもの。そして私は店を出て、私を救ってくれた象徴を一枚、写真に収めた。
何かが私を試し、そして、何かが私に味方してくれた瞬間だった。
つづく
……やっぱり長くなってしまった。じ、次回こそは轢き逃げ回を書くぞ!
愛知はまだ遠い。
しかしすでに走行距離は50kmを越えた。もう引き返すのも躊躇われる距離だ。
だが、トラブルが発生してしまう。
以前に説明した、旅を成功させるための絶対条件の一つである『自転車をパンクさせないこと』を守るため、こまめにタイヤに空気を入れていた私だが、また空気を入れようと荷台から空気入れを外すと、カキーン、という金属音が地面のアスファルトから響いた。
……おかしい。
私の空気入れは金属製だが、落とさずにちゃんと手に持っている。
私は暗い夜道に目を凝らすと、黒い塊を見つけた。
それは紛れもなく、空気入れだった。
私は理解する。
私が持っているのは空気入れの筒状の部位だけ。
そこに落ちていたのは空気入れの底にあるポンプ部分。
空気入れが壊れた。
これは想定していなかった。
経年劣化していた空気入れに、自転車の走行による衝撃は耐えられなかったのだ。
しかも、なんでこんな中途半端な場所で壊れてしまうのか。ひどくついていない。
ここで選択肢は二つ。
引き返すか、進むか。
周囲に街らしきものもなければ、時刻はすでに深夜を回っている。しかもこの先はしばらく道路のみ。進んだ先で万が一パンクしたときは、自転車をひいて体力と時間を浪費しながら街のある所まで進み、なおかつ自転車屋のシャッターが開くまで朝まで待たないといけなくなる。ただでさえ体力を重宝しなければならないのに時間もかかり、時間がかかれば宿代もかかる。
いろんな不安要素が込み上げ、そしてなによりも、まだ引き返せる距離でもあった。
ま、もちろん進むんだけど。
アウトドアの無職をなめないでほしい。
というか、50kmも進んでいるからもう戻りたくなかった。引き返しても疲れるのだから、進んでめちゃくちゃ疲れよう。
そういう気持ちで、私は後先考えずに漕いだ。未来を見据えないあたりがじつに私らしい。
しかし、奇跡は起こるものだ。
こればかりは本当に奇跡だと思える。
玉砕覚悟で何も考えずただひたすらに暗闇の道を走っていた私の目に、まばゆい光が飛び込む。
「ふお……」
思わず言葉が漏れた。
私の前に現れた――『MEGAドンキ』。
まさか、このような周囲に高い建物などない場所にあるとは思いもしなかった。
腹に『ド』と書かれたペンギンは、私を誘うかのように煌々と輝いている。入店しないわけがない。もちろん目当ては、空気入れだ。それはすぐに見つかった。当然だ、MEGAドンキだもの。そして私は店を出て、私を救ってくれた象徴を一枚、写真に収めた。
何かが私を試し、そして、何かが私に味方してくれた瞬間だった。
つづく
……やっぱり長くなってしまった。じ、次回こそは轢き逃げ回を書くぞ!