第23話 ママチャリ300kmの旅 その17
文字数 1,257文字
この旅は結局のところ、山さえなければ大した旅でもないのかもしれない。
私は再び山を越えるために急な勾配の坂道を、自転車をひいて進む。
坂の途中でさっきまで走っていた平地を見下ろせる場所があった。そこからの景色はなかなかに壮観。ずいぶん走ったんだなと自分をほめながらも、脚にはすでに疲労が。
もうなんだろうね、疲れていないときのほうが少ない。
怪我が治りかけているのに動かしてまた完治が伸びている状態。
疲れたときは、やっぱり休むのが一番だ。それはおいといて。
息を切らしながら頂上につくと、そこは茶畑の広がる高原。
きれいに整えられた茶畑は見ているだけですっきりとした気持ちになれる。その美麗に目を奪われながらも、なんだか疲れて息を荒くする私。さっきの平地を走っていたときよりなんだか早く息があがってしまう。
そうか。山のせいか。
これまでに何度も山や高原は通ってきたが、そのときは体力があるときか、疲労がたまりすぎているときだったから微妙な変化に気づけなかった。
やっぱり山は、若干空気が薄い。
感覚的な話になってしまうが、これまでも高所で自転車を漕いだときは呼吸するペースがほんの少し早くなっていた気がする。
エベレストほど高くはない富士山でも酸素の薄さによって高山病を患うことは知っていた。その富士山よりも何割も低い山では高山病を患う可能性は極端に低いだろうが、酸素が薄くなっている点に関しては、差異はあれど人体に影響してくるのだと、ささやかな体験学習をさせてもらった。
あともうひとつ、高所は風が強い。
酸素薄いし、風は強いし。
腹は減っているのに嫌いな食べ物しか用意されていない状況。
ま、その両方の問題は歩けば解決するんだけどね。
私はその高原をほとんど自転車を引いて歩いて進んだ。道に関しては申し分なく整備されていて困ったことはない。鬱陶しい疲労を我慢しつつ、茶畑を眺めながら自転車をひいて歩くだけ。
なんていうか、最終日は……用意されている感じなんだよね。
今までの道のりは『アレがないと話にならないぞ!』とか『コレしかないのか!』みたいな問題ばかりだったけど、最終日については、茶畑の広がる高原を抜けたあとは『これだと効率が悪くない?』とか『残業すればなんとかなるわ』くらいの問題しかないんだよね。
でもそれは仕方ないのよ、ノンフィクションなんだもの。
でなければ私の旅は青森から鹿児島までの本州を縦断する旅となり、橋で轢き逃げにあった話はレインボーブリッジで警察車両から逃げる逃走車を止めるためにわざとぶつかったと語り、そしてトンネルを通らなかった理由は千利休の血筋である私が旧道を一目見たことで、あの『おくの細道』を書き記した血がさわぎだしたから旧道を選んだ……なんてふうに書き連ねていただろう。
しかしどんなに面白く書いてもそれらはフィクションだ。
なぜなら、
あの『おくの細道』を書き記したのは、松尾芭蕉だからだ。
なんという茶番。
次回が最後になる、と思う。
つづく。