第14話 ママチャリ300kmの旅 その8(山岳地帯・後編2)
文字数 1,037文字
私は、あのトンネルだけは通ることができなかった。
でも、ここまできて引き返したくもなかった。
……どうしよう。
だいぶ疲れて思考も回っていなかったと思う。
そんなとき。
私のなかである言葉がよぎった。
――『急がば回れ』
じつは、もうひとつ。選択肢があったのだ。
そしてその言葉が私を導いてくれた。
すぐにスマホのマップを確認し、マップを滑らせてたどっていく。いける。
見つけたのは、『旧道』。
トンネルが開通している今、山に沿ってうねうねと曲がりくねって距離が増えるだけの旧道は誰も使用していなかった。しかし、その道はちゃんと先へとつながっている。こんな状況から活路を見出せたことで喜びもひとしおで、かつ、沸き立った感情が疲労を薄めた。
私は身をもって『急がば回れ』の神髄にふれた。
これは長いスパンの物事においての言葉だったのだ。
数分、数時間などの短いスパンではこの言葉の力は発揮されづらい。
そして『急がば回れ』とは『進めるほうを選べ』ということなのだ。
私は、旧道を走った。
走行距離はいくぶん増えてしまうが、進めることが大事なのだ。
私はその言葉を胸に刻み、また通行するには厳しい山道に遭遇しては、その言葉を思い出して旧道を探し、そこを進んでいった。
こうして私は、ようやく山々を越えることができた。そして街にたどりつく。
そこにはネットカフェもファーストフード店もある賑やかな街。そんな街のあたり前な光景を見ただけで頬が緩むほどうれしく思えたのは、このときが初めてだった。残りの距離から計算すると、移動距離は100kmをすでに越えていた。それどころか旧道を何度も通ってきたのでそれ以上に走っている。さすがに頭も痛くなってきており、このタイミングで雪が強く降ってきた。
休もうと決意する。腹も減った。その街にあるネットカフェに向かうと、すぐ隣にはハンバーガーショップが。迷わず足をそちらへ向ける。
店内に入ると、ほどよい温度。頬に冷たい風が当たらない空間。全身が緩んだ。
客はまばらだが、店の隅で新聞を読むお年寄りと、子供を連れた二人のママ友が談笑していたのを記憶している。そのどこにでもありそうな風景にどこか安心感を覚えていた。
300kmの3分の1を走り終えたのだ。
自分でもよくやったと思う。
そのとき食べたハンバーガーの味はよく覚えていない。
それよりも覚えていたのは、ようやく腰を下ろせたときの、あの硬いソファの感触だった。
つづく
でも、ここまできて引き返したくもなかった。
……どうしよう。
だいぶ疲れて思考も回っていなかったと思う。
そんなとき。
私のなかである言葉がよぎった。
――『急がば回れ』
じつは、もうひとつ。選択肢があったのだ。
そしてその言葉が私を導いてくれた。
すぐにスマホのマップを確認し、マップを滑らせてたどっていく。いける。
見つけたのは、『旧道』。
トンネルが開通している今、山に沿ってうねうねと曲がりくねって距離が増えるだけの旧道は誰も使用していなかった。しかし、その道はちゃんと先へとつながっている。こんな状況から活路を見出せたことで喜びもひとしおで、かつ、沸き立った感情が疲労を薄めた。
私は身をもって『急がば回れ』の神髄にふれた。
これは長いスパンの物事においての言葉だったのだ。
数分、数時間などの短いスパンではこの言葉の力は発揮されづらい。
そして『急がば回れ』とは『進めるほうを選べ』ということなのだ。
私は、旧道を走った。
走行距離はいくぶん増えてしまうが、進めることが大事なのだ。
私はその言葉を胸に刻み、また通行するには厳しい山道に遭遇しては、その言葉を思い出して旧道を探し、そこを進んでいった。
こうして私は、ようやく山々を越えることができた。そして街にたどりつく。
そこにはネットカフェもファーストフード店もある賑やかな街。そんな街のあたり前な光景を見ただけで頬が緩むほどうれしく思えたのは、このときが初めてだった。残りの距離から計算すると、移動距離は100kmをすでに越えていた。それどころか旧道を何度も通ってきたのでそれ以上に走っている。さすがに頭も痛くなってきており、このタイミングで雪が強く降ってきた。
休もうと決意する。腹も減った。その街にあるネットカフェに向かうと、すぐ隣にはハンバーガーショップが。迷わず足をそちらへ向ける。
店内に入ると、ほどよい温度。頬に冷たい風が当たらない空間。全身が緩んだ。
客はまばらだが、店の隅で新聞を読むお年寄りと、子供を連れた二人のママ友が談笑していたのを記憶している。そのどこにでもありそうな風景にどこか安心感を覚えていた。
300kmの3分の1を走り終えたのだ。
自分でもよくやったと思う。
そのとき食べたハンバーガーの味はよく覚えていない。
それよりも覚えていたのは、ようやく腰を下ろせたときの、あの硬いソファの感触だった。
つづく