第16話 ママチャリ300kmの旅 その10

文字数 1,497文字

 雪景色に染まる街を抜けると、これまた一段と雪景色が広がる。

 今度は、田畑の多い高原地帯。

 畑はどれも積雪で染まっている。その隅で生えているススキが積雪と相まっていい味を出していた。
 いい景色だなと現を抜かしていると、轟音を耳にする。

 ここまでの旅で何度も聞いた音。大型トラックの走る音だ。
 嫌な予感はしていたよ。

 途中までは歩道やあぜ道を通ってその運送経路とぶつからないようにしていたが、とうとう大型トラックの走る道路をしばらく通行しなければならなくなった。探してみても山にあった旧道のように、ちょうどよい道もない。急がば回れの精神も、回る道がなければ通用しない。

 雪景色が、いきなり歯向かってくる。

 簡単に状況を説明する。
 夜に除雪車が出張ってくれたのか、道路の上には雪が積もっていなかった。ただしそれは、両サイドの白線の内側のみ。
 
 つまり、またしても自転車の走れるところがなかった。
 トンネルのときほどではないが、今度は『死』がカジュアルな格好であらわれる。
 そんな気軽に私のところにすり寄ってこないでほしい。

 ただ、トンネルのときと比べればいくぶんマシだ。
 まったくもって通れないわけではない。
 私は自転車をひいて、白線の外側、つまり積雪の上を歩いて進んだ。

 ザクザクと積雪を踏み抜いていく私。なんとも進みづらい。

 依然としてトラックに横切られるときは大なり小なり風で引っ張られるが、ここで一番怖いのは、車がスリップするかもしれないということだ。とくに恐怖を感じるのは私がカーブを歩いているときに、車が背後から通り過ぎていく瞬間。
 
 脚を雪の中に埋めて進む私は、すばやく動けない。
 だから何かあってもよけられないのだ。
 そしてもし雪の影響で車がカーブでスリップしたら……。
 
 だから私はカーブを進んでいるときは、背後から轟音が近づいてくる恐怖にいささか耐えられず、その音が聞こえてくるたびに足を止めて振り返っていた。振り返ったとてよけられはしないのに。ドライバーもきっと「なんだあいつは?」と思っていたのかもしれない。無論、ドライバーも無免許ではないのだから雪のことを考えて走っているだろうに。しかし事故というのは思わぬところで起きるものなのだ。だから私は振り返るのをやめられなかった。


 精神をすり減らしながら進んでいくと、コンビニのある十字路の交差点に到着する。
 私はそこのイートインで一息ついてから、再び十字路に立つ。
 スマホの最短ルートは『富士サファリパーク』方面の道をさしているが、その方面はまた少しだけ土地が高くなり、積雪は依然として溶けていない。何よりもその道の脇にあった積雪を一目見て、自転車では無理だと悟った。
 
 急がば回れ。
 
 その精神を忘れてはいない。
 私は最短ルートを捨てて、遠回りになるが高原を降りるルートを選択する。


 そして私はまた、その言葉に助けられた。
 高原を降りていけばいくほど積雪は減り、ついにはなくなった。何よりも遠回りの道になるから車がほとんど走ってこないのだ。なんと自転車の走りやすい道か。

 下り坂も味方してくれる。私は遠慮なく風を切っていった。
 さっきまでの状況が嘘みたいだ。

 下に降り切ったところでいったん距離を確認すると、案の定、道のりは増えていたが、これでよい。そしてそのとき確認して気づいた。

 私はすでに『静岡』に入っていたのだと。
 県でみれば、すぐ隣がゴール。
 
 この旅は着々と終わりに近づいている。私の精神はゴールのほうを向いていた。


 だが。

 このあと、静岡もまた難所であるということを身をもって思い知らされることになる。


 つづく
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