第17話 しかし…

文字数 934文字

 利用者さんに、悪いことをした。そう思う。また、他のスタッフにも。
 あのまま、我慢して続ける気にも、なれなかった。
「みんな、見せかけのやさしさだけど、あんたはほんとにやさしいなあ」
 なさけない自分を立て直すために、そんな「ほめられ言葉」を書いてみる。馬鹿だね。
 でも、しっかりしたおばあちゃんからそう言われ、嬉しくなったものだった。やさしさの意味なんか知らないけど。
「辞めちゃあかんよ。続けていれば、いいこともあるから…」そう言ってくれたおばあちゃんもいた。

「ここを辞めても、介護の仕事は続けてほしい」先輩に、そう言われた時も嬉しかった。
 しかし…私も歳を取った。それなりに、生きてきた過去がある。真っ白な、ゼロの自分で、言われたことをただ守り、働くことは、できそうにない。
 右も左も分からず、「社会」に出たてホヤホヤの、無心で一生懸命、働いていた頃の自分に戻れない。近づこう、とすることだけは、できそうな?。

 入居者さんのことを、よく思い出す。
 ああ、この人は、きっと気さくで、笑顔を絶やさず、こんなふうに人と接して、しっかりした人だったんだろうな。
 あ、この人は、こんな人だったんだろうな。そんな想像が、よく、一緒にいて、浮かんだ。乱暴で、口の悪い人でも、施設に入る前は、こういう人だったんだろうな、とか、よく想像した。

 もちろん、職員のことも思い出す、「どうして入居者さんとコミュニケーションしないんですか」「下手に刺激与えてもいけないですから」
「こんなラクな仕事はない」という人もいた。だから、どうだってわけでもない。
 失禁してしまったおじいちゃんの洋服を、怒りながら洗濯機に入れる人は、何に怒っていたんだろう? 本人だって、汚したくて汚したわけでない。どうして怒らなければならなかったのだろう?

「利用者さんを、第一に」施設の社訓。
「スタッフどうしの関係のほうが大事です」職員の社訓。
「(ボケたひとに)何言ったって、すぐ忘れちゃいますから」
 ヒトは、モノ、か。モノといえば、モノだわなぁ。
 いのちの宿った身体。それは、物、だろうけれど…

「Y駅の方にある施設に、今オファーを出しています」と、派遣会社から電話。
 今度の職場に合わなかったら、もうほんとにやめよう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み