第10話 先輩と

文字数 1,031文字

 結局のところ、些細なことで一喜一憂するな、と自分に命じるのはムリだった。
 ただ、そういう、「こういう自分になりたい」とする目的、目線の先の理想像を持つかどうかで、微妙に違ってきた。
 たとえば先回、ここで少し愚痴を書いてしまった。まったく、こんな苦しい職場は辞めてしまおうかと思い、実際に昨日の休憩中、辞める決意をひそかに固めていたのだった。
 だが、私によくしてくれている先輩方もいる。ミーティングの時に、「働いていて、怖いです。心が…。(前回書いてしまった女帝的存在なひとに)何やってても文句言われますもん」と弱音を吐いてしまった。

 すると1人の先輩は、「あの人は何年もやっていて自分を基準にしているから、気にしないでいい。かめさんの入居者さんとの接し方は、僕も見習わなきゃいけないと思っている。仕事の覚え方は人それぞれだし、自分のペースでやっていって下さい。何かあったら、いつでも僕に言って下さい」
「そう、まだ1ヵ月もやってないでしょう。あの2人(女帝的存在は1人ではないのだ)は誰にでもそう言っているから、ほんとに気にせん方がいい。かめさん、今日ほとんど完璧にひとりでやってたやん」と、もう1人の先輩。もう1人の先輩も、私の尻をぽんぽん叩いて笑っていた。
 今書いていても、涙ぐんでしまう。

 先のことは分からない。一昨日と昨日、昨日の昼と夜で、このように全く気持ちも変化してしまう。
 それでも、辞めてやるという決意に固執しようとした私は、帰りにロッカーの整理をしていた。
 だが、別の階で働く人に声を掛けられた。聞けば、派遣元も私と同じ会社。通勤手段も、私と同じバスを利用している。
 バスの中でも、初対面の彼とあれこれ話した。彼も、「やり甲斐を求めて」介護の仕事を選んだという。ただ、「思い入れだけじゃダメなのかなと思っています」と。

「難しい所ですよね。思い入れがあるから、やり甲斐が返ってくるんだろうし…」と私も言いながら、思い悩むところは、誰にでもあるんだなぁと思った。問題は、自分のことだけに一生懸命になってしまうと、その「誰にでも」が消えてしまうことだ…
 今日、私は休みだが、明日はまた、れいの2人の、強過ぎる女帝(失礼)方と同じ勤務時間である。
 一憂があって一喜があった。一喜があって一憂があって、それをもたらす、ひとの影響。この一喜も一憂も、同じ、私の心から芽生えたものだ。
 ああ、淡々と、私は私の道を歩みたい…こころもとない、頼りない、この足で。
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