第15話 冬の朝に

文字数 1,241文字

 何か、いたたまれなくなって、早朝に街を歩いた。
 24時間営業のマクドナルド。ホットコーヒーとソーセージマフィンのセット。200円。
 この店はやたら広く、二階の中央にはピアノが置いてある。窓辺に沿った席に座り、コーヒーをすすりながら、商店街を駅へと向かう人たちの姿を見ていた。

 まだ、どこかへ行きたい。JR駅の方へ歩く。冷たい空気。とにかく寒かった。いつか友人と入った「珈琲館」が営業中。ありがたい、ありがたい…ここは喫煙席もある。
 チャンとした喫茶店も久し振りだ。
「こちらが今日のおススメです」と言って綺麗なウエイトレスがメニューを置く。「じゃ、これで」それが何だったのか忘れたけれど、美味しいコーヒーだった。

 マガジンラックに新聞があったので、読んでみる。新聞を読むのも久し振りだ。芥川賞? 「ひと」の欄に、受賞者のことが載っていた。
 31歳で、労働経験は大学時代のアルバイト1年間だけだったとか。家族のことばかり書いてきたらしい。トルストイの「戦争と平和」を読んで、小説は人生を描けることに気づいたとか。直木賞の人も、大学を中退しているらしい。
 いろいろ、感じるところがあったんだろうな…

 私は来月中旬で今の職を辞する。派遣会社に連絡した。
「それまで持たなかったらどうしましょう」と言うと、笑われた。
「他の就業場を探します。かめさん、よく頑張ってくれているって評判でしたよ」
 実質はどうあれ、人ウケだけはいいらしい…?
 もう辞めるんだ、と正式に決まると、すっきりした。ただ入居者様の安全に気をつけて、1日1日、働くだけ。10年近くやってきた、あれこれ文句を言ってくれた職員も今月で辞め、別のもっとイイ所に行くらしい。

 今まで書いてこなかったけれど、私のフロアのリーダー、ボスと、全然関係がダメだった。昨日、サブリーダーに、ハッキリ言ってしまった。「入居者のために」なんてミエミエの嘘をついて、ギゼン的なことばっかりやってる上司の言うことに、従いたくありません。
 どんな上司にも従わなければならない。なら、ぼくは社会人として失格なんです。正直に言ってもみた。サブリーダーも、特に何も言わなかった。

 毎月、誰かが辞めていく。そんな風潮?も、辞めることのためらいを、軽減していたと思う。ずるい自分だ。都合のいい「風潮」だけを受け入れて…。

 喫茶店を出て、「癌封じ」で有名な大安寺まで歩く。喫煙所でタバコを吸っていると、親娘づれがお線香に火をつけようとしている姿。うまくいかない様子、そばに行って私のライターを渡す。それでもうまくつかなかった。代わって、やってみる。
 お線香が湿気っていたのか、時間が掛かった。空気の微妙な流れで、ライターの火が時折、指をかすめる。
「手、大丈夫ですか」娘さんが聞く。熱かったけど、耐えた。何か知らないが、一心に心を込めた。やっと線香に火がついた…。心って、通じるだろうか、などと、この文をまとめようとして、へたな魂胆で書いたところで、どうにもならない。
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