第18話 三つめの介護施設

文字数 1,799文字

「どうして介護の仕事をしようと思ったんですか」
 履歴書を見ながら、面接官(施設の事務室長)が訊く。
「今まで製造業が多かったんですけど、もうモノはいいや、って思いました。クルマをつくるのも、人のお役に立っていると思います。でも、

、人のお役に立ちたいって思いました」
 
「介護にもいろいろありますよね。老健、デイ…なぜ特養を選んだんですか」
 もう1人の面接官(リーダー)が訊く。
「老健は、リハビリで元気になってお家に帰られます。見送るのも嬉しいでしょうけれども、特養は終の住処としていらっしゃいます。働くなら、腰を据えて、最後まで利用者さんのお世話をしたい…自分には、その方が合っていると思いました」

「特養で働いていて、嬉しかったことは何ですか」
「食事介助をさせてもらっている時、ふだんは『まずいわ! いらんわ!』って食べてくれない方でも、いろいろお話をしながらスプーンを持って行くと、食べてくれるんですね。『この人は何を言ってもダメだから』っていわれている人でも、こちらが根気よく話していると、うなずいたり笑ってくれる時があるんです。何か心みたいなものが、通じ合う一瞬があるんですね、そんな時、ほんとうに嬉しいです」

「つらかったことは?」
「スタッフの言うこと、やり方が違うことでした。この人はこういうやり方で、また別の人はこういうやり方で、教わるんですけど…この人が見ている前では、この人に教わった通りのやり方をしなくちゃ、って、スタッフのことばかり意識してしまって、利用者さんに向き合うより、同じ仲間、スタッフどうしの関係みたいなところがつらかったです」

 ── 大体このような面談をして、結果採用された。よっぽどの人手不足だったのだ(あとから聞いた)。
 だが、結果から言えば、ここもムリだった、一週間も持たなかった。もう、書くのも、いやになってきたが、そう、言い訳だ。言い訳を書こう。
 西分かれての2フロア、西に配属された私に、「今までの経験もあるでしょう。細かいことは言わないし、好きなようにやって下さいね」という感じで、しかし要所要所は確実に見ていて、教えてくれる、ありがたいリーダーに当たった。
 だが、東のフロアはもちろん別の人間が指導者で、不意に来ては「そのやり方はダメ、これはダメ、それはダメ」と、とにかくダメダメの連続── 直属のリーダーから教わったやり方をしても、ダメだった。

「もうムリだ」となったのは、接遇(入居者さんとの接し方)を否定された時だった。(初めて働いた施設でも、二軒目の施設でも、リーダー達からほめられたことで、妙に自信を持ってしまっていた)
「最後に『ネ』を付けるのはやめて下さい。だよネ、とか、タメ口はダメ。利用者さんはお客様です。コンビニの店員からタメ口をきかれたら、どう思いますか?」
 コンビニの店員…。
 その数時間前、「あまり丁寧な言葉使いだと、距離が縮まらないですよ」と、私の直属のリーダーから言われたばかりだったのだが。

 しかし、もう、ダメだ、私は。
 客観的に…見てみよう。
 何といっても、人手不足の業界であるようだ。現場に余裕が、とにかく、ない。
 この三つ目の施設は、特に、人がほんとうにいなかった。事務室長やらケアマネージャーが、フロアでぎこちなく配膳などをし、立ち働いている姿を初めて見た。

「遅番の翌日、早番もあります。今は週4日でも、5日もできるでしょ?」
 私は思わず、「いや、5日はキツいかなと思っています」
「でも、隔週で5日とかでも大丈夫ですよね?」…
 いや、もうムリ。
 派遣会社に電話。事情を話し、「わかりました。また違う施設を紹介させて頂きます」
 いや、もう介護の仕事は、ほんとにムリ。

「人」が「人」をつくる…その場をつくる。東のリーダーが、施設内ピラミッドで上部にあった事実。立場上、言わなければならないこともあったでしょう。それを言われて、イヤになってしまう従業員、私みたいなダメ人間もいたでしょう。
 ただでさえ、しんどい仕事内容。せめて職員どうしくらいは…というのは、私の甘えです。

「利用者さんのために」を理念にする施設が多い。「人のため」。
 だが、「偽善とかの、偽、って、ひとのため、って書きますよね」と、先日知人から教わった。そうか、偽、いつわる、とか、ひとのためを語源に持つのか。そんな発見もしたけれど、
 いや、もうダメです。
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