第4話 試練の洞窟 二番目の部屋 “強敵”

文字数 4,350文字

 シルヴィアは中に入っていたものが彼女の求めていた物ではなかったと知り、つまらなさそうに前方の闇に視線を戻した。「ねえ、道が二手に分かれているわよ。どっちにする?」

 マーサがそちらの方に目をやると、確かにランタン光の先で道が左右に分かれていた。「ヤマト、どうする?」

 訊かれたヤマトは、左右に素早く目を走らせ、右側の方を指差した。「左側は奥の方がよく見えないが、右側には扉があるだろう。すぐ行った先に。まずはそちらから調べてみよう」
 扉の前でヤマトが先程と同じように鍵穴を覗く。

「これには鍵が掛かっているな。だが、さほど開けるのは難しくなさそうだ。ちょっと待っててくれ。」ヤマトは懐から鍵開けの道具を取り出すと、すぐに作業に取り掛かった。すると、彼が道具を鍵穴に差し込んで何回か回した途端、ガチャリという音がした。

「すごい! ヤマトって天才なのね」シルヴィアが感嘆の声を上げる。少し照れたのだろうか、彼はフードの先をさらに下に引っ張った。

「さぁ、入ろう」

 中へ入ると、そこはがらんとした何もない空間だった。「どう? あなたの鼻は。何か臭う?」シルヴィアが面白そうにロッコに訊くと、彼はつまらなさそうに一言答えた。「何もない」

 確かにロッコが言うようにこの空間には何も無さそうだった。埃一つ落ちていない。

「埃が一つも落ちていないなんて、おかしくないかしら。もう少し調べてみない?」
 マーサの提案にヤマトは少し顔をしかめた。「どうかな、うろついているモンスター共に背後を突かれる危険性もある。だが、どうしてもって言うなら調べてみてもいいかも」

「調べてみましょうよ。何かあったら、ロッコがその斧で何とかしてくれるでしょ」シルヴィアはそう言うと、さっそく壁に手を付け調べ始めた。

 ランタンだけが光源のこの小さな空間なのかで、目に穴が開くほど調べてみたが、やはり何も出てこなかった。

「駄目ね、もうやめましょう」マーサが額に浮かぶ汗を拭いながら言うと、ヤマトが口許に指を押し当てた。「待て、何か聞こえないか?」

 四人が耳を澄ませると、彼らが入ってきた扉の方から、足を引きずるような音が聞こえてきた。それと一緒に何かが呻くような声も。ヤマトが恐る恐るそちらの方へランタンを向けると、その光の中、ボロボロの包帯を巻いた人型のモンスターが、のっそりとその姿を現した。

「マミーだ!」

 ヤマトが叫んだ。すぐにロッコがシールドを構え、マミーに向かって突進していく。だが、入り口付近にいたマーサは油断していたこともあって、背後からそいつの一撃をまともに食らってしまった。マミーの爪が彼女の肩に食い込み、そのまま肉を引き裂く。マーサは慌てて振り返り盾を構えたが、頭上に振り下ろされるマミーの両腕の攻撃を防ぎきることは出来なかった。脳がかき乱されるような衝撃とともにマーサは膝ごと床に崩れ落ちた。彼女の横をロッコが通り過る。ヤマトがすぐ彼の隣について、戦闘態勢がとられた。

 ヤマトがダガーを抜きマミーの背後に回り込む。そこから脇腹目掛けてダガーを突き入れたが、刃が通らない。すかさずロッコが手に入れたばかりのダブルアックスでマミーの肩を斬りつけたが、そいつは平気な顔をしていた。スラッシャーの刃でついた傷で肩は裂け包帯は血で染まっていたが、それをものともせず、マミーがゆっくりと歩を進めて来る。ロッコが首を捻り何やらぶつぶつと呟いている。先程手に入れた武器がまだ手に馴染んでいないのかもしれない。

 マーサは立ち上がり、右手にメイスを持った。マミーの頭目掛けてそれを思いっきり振り下ろす。モリガンの加護が宿ったのか、振り下ろしたメイスがマミーの顔右半分を削ぎ落した。彼女が息をつく暇も与えず、マミーはぐしゃぐしゃになった顔から悪臭を放つ血を滴らせ、さらに前へと出た。ロングボウからシミターに持ち替えたシルヴィアがマミーを攻撃した。だが不規則に動くその死者に狙いを定めきれず、彼女の攻撃はことごとく外れてしまった。

「しっかり狙わんかい、エルフ!」ロッコがシルヴィアに向かって怒鳴った。

「こいつ、意外と素早いわ!」シルヴィアもマミーから目を離さずに負けじと彼に言い返した。

 マミーが攻撃の構えを取り、ロッコに詰め寄る。ロッコが盾を前方に出しマミーの攻撃に備えた。マミーは両腕を振り下ろしたが、ロッコの盾がそれを弾く。マミーはそれでも意に介さず、今度は両腕を横ざまに振り回した。ロッコは二度目のマミーの攻撃も防いだが、盾がその攻撃を受けた反動で彼の顔に当たり、瞼が切れ、顔中血だらけになってしまった。

 ヤマトがマミーに忍び寄り、再度背後からの攻撃を試みた。だがマミーの体は意外と硬くダガーで傷をつけるのは難しそうだった。左手に持つランタンが彼の攻撃の邪魔になっているのかもしれない。

 しかし、ヤマトの背後からの攻撃に気を取らていたマミーは、自分の頭上に振り落ろされるロッコの武器には気が付かなかったようだ。彼の狙いは正確で、スラッシャーの刃が一直線にモンスターの胸元まで下りていった。ロッコがアックスを引き抜くと、マミーが左右ぱっくりと割れた状態のまま彼の方を振り返った。顔左半分についている目がぎょろりと動き、彼を凝視する。その目からはロッコに対する憎悪がはっきりと読み取れた。

 マーサはマミーに近づき、強力な一撃を見舞ってやろうとメイスを振りかざした。だが上手く足に力が入らなかったせいで床にもんどり打ってしまった。滑って転んだ後、武器も足元に落としてしまう。今まで受けたダメージが思った以上にひどいのかもしれない。そう思い、マーサは下唇を噛んだ。マミーがゆっくりマーサに近づいて来た。それを見たシルヴィアが彼女を庇うようにシミターを構えマミーの前に立ちはだかった。

 マミーが彼女の喉元目掛け両腕を突き出してくる。くるりと身を翻しその攻撃をかわしたシルヴィアは、まだ立てずにいるマーサからマミーの注意を自分に向けようと、シミターで何度も斬りつけた。

 マミーがどちらを攻撃しようか迷っているのを見て、ロッコがヤマトに目配せをする。すかさずヤマトがマミーの背後を襲った。マミーがゆっくりヤマトに振り向いたその瞬間、ロッコががら空きになったその胴体を、今度はリッパーの方の刃の方で薙ぎ払った。ずたずたに引き裂かれた腹から臓物を出しながら、マミーの膝が崩れ落ちる。『チャンスだ』そう思ったマーサは震える足に力を入れ、マミーの残った顔の方にメイスを力一杯叩き込んだ。ぐしゃりという嫌な音とともに顔が潰れ、うつ伏せになったままとうとうマミーは動かなくなった。

「危なかった」シルヴィアがすとんと床に座り込んだ。

「ロッコ、傷は大丈夫?」マーサはロッコの顔から流れる血の量に不安になり、彼の被っている兜を脱がして傷を調べてみることにした。瞼が切れてはいるが傷は深くはなさそうだ。マーサがほっと安心すると、その手を押し退け、ロッコが血で濡れる彼女の肩を指差した。

「俺は大丈夫だ。それより自分の心配をしたらどうだ。お前の傷の方が深刻だぞ」ロッコに指摘され傷を見ようとすると膝がふらついた。軽い脳震盪かもしれない。戦いに必死で忘れていたが肩の傷は相当のものだった。

「エルフ、俺が持っている包帯で治療してやれ」ロッコが包帯を取り出し、ぽんとシルヴィアに渡した。

「待ってて」シルヴィアがマーサの傷ついている方の肩に回り、素早くそれを巻いていく。

「大丈夫? 包帯だけで? 神聖魔法を使って治療した方がよくない?」シルヴィアにそう言われたが、マーサは無駄に神聖魔法を使いたくはなかった。これからも戦闘はあるだろうし、もっとひどい傷を仲間が負うかもしれない。この魔法は神に祈りを捧げることで、彼女の御手による癒しの力で回復を行うことになるのだが、それにはかなりの集中力を使う。精神的にも疲労を伴うもので、一日に使える回数というものは大体三回までとマーサは決めていた。考え込むマーサをじっと見てロッコがおもむろに言った。

「使っておけ。死は突然やって来る。お前が死にでもしたら誰がこのパーティの回復役を担うんだ」

「でも……」

「きっとあなたの事心配してるんじゃない? だから彼の気が変わらないうちに早く回復した方がいいわよ」シルヴィアがマーサの言葉を遮るようにして言った。

 マーサがロッコを見返すと、彼は肩をすくめそっぽを向いた。そんな彼の態度が面白くてマーサは笑みを漏らしたが、彼の優しさに感謝して魔法を使うことに決めた。

「わかったわ。それじゃ使わせて貰うことにする」マーサが肩に手を当て静かに祈りを唱える。

「神々の長にして全能の神、ウヌス。汝の創造物に祝福の光を与え給え。傷つき倒れる者には慈悲の光を、道から外れ迷いし者には導きの灯を、与え給え。さすれば我、汝に一生の奉仕を惜しまん」

 マーサが呪文を唱え始めると彼女の手から暖かい光が溢れ出し、傷を次第に癒していった。光が輝きを失い始めたのを機に彼女が目を開けると、傷は何事もなかったかのように綺麗に元通りになっていた。

「すごい、本当に何も無くなっている」シルヴィアが目を丸くした。

「ごめんなさい。皆をこんな危険な目に合わせてしまって。部屋を調べようなんて言わなければ良かった」マーサは立ち上がると皆に頭を下げた。

「気にするな、冒険に危険はつきものだ」ヤマトはそういって笑ったが、すぐに不安そうに後ろをランタンで照らした。

「だが早くここから出た方がいいな。今までの騒ぎを聞きつけて別の奴がやって来るかもしれない」

 部屋から出ようとした三人を、ヤマトが手で制した。

「待て」
「何?」
「こいつ何か持っているぞ」

 よく見てみると倒れて動かなくなったマミーの横に小さく丸まった巻物が落ちていた。シルヴィアが歓声を上げて飛びついた。「魔法の巻物よ!」シルヴィアが触れると、それは彼女の呪力に反応するかのようにするすると伸びていった。

「何が書かれているのかしら。読んでみてもいい?」シルヴィアが上目遣いで三人を見た。
「フン! 読むなら早くしろ。もたもたするな」ロッコが急かすように彼女を促す。
「言われなくてもそうするわよ」そう言うが早いかシルヴィアは目を輝かせながら読んでいった。

「えーと、何々? “柔らかき光、その身を包み全ての不浄を解く。恐れるな、身を委ねよ。その光の色、優しき虹色なり”」

 読み終えた彼女は文字を一つ一つを噛みしめるようにして目を閉じた。「祝福の呪文ね。仲間の状態異常を解く効果があるわ。完璧に覚えるには一日かかるけど、使えるようになればマーサの手伝いができるかもしれない」目を開けた彼女がマーサを見て微笑んだ。

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