第55話 マーサ達の道 其の二
文字数 1,362文字
マーサ達は細長い獣道の上を慎重に進んだ。左右に目をやればごつごつとした太い幹を持つ枯れ木が壁を成すように林立しており、頭上を仰ぎ見ればその枝が折り重なり合うように絡み合っている。ここには野外では必ず有るべき筈のものがない。青空と陽光、それと澄んだ空気が。マーサ達はさながら天然のトンネルの中を歩いているような気分になった。
「面白くないな」ヤマトがぽつりと呟いた。
「何がだ」彼の隣を歩くロッコが訊き返した。
「お前の鼻先を飛んでる、そいつがさ」
ロッコがうるさそうにそれを手で払った。ウィルオウィスプだ。森の入口で見たものとは異なり、紫色の光を放っている。マーサが目を凝らして周囲を見回すと、いつの間にやらかなりの数の球体に取り囲まれていた。だがそれらから敵意は感じられず、彼女達の行く手を妨げようというものも見当たらない。彼女がその一つに触れようとすると、それは軽やかに彼女の手から離れていったが、逃げるといったようなことはせずに、付かず離れずの距離を保ったまま浮いていた。
マーサは自分の指先にほんのりと温もりが残っているのを感じた。ウィルオウィスプの発する光の熱だろうか。そう思って初めて気がついた。森の中は暗くじめじめとしているものの、さほど寒さは感じられない。
色とりどりの球体が戯れるように飛ぶそのさまは幻想的で、いつしか彼女はそれを眺めているだけで疲労が癒えていくような感覚を覚えた。
「悪い気はしないけど」
「用心するに越したことはない。これ以上仲間内で分断されるのは御免だ」ヤマトはマントのフードの下から神経質そうにウィルオウィスプを見つめて言った。
「その心配はないわ。私達、導かれてる」シルヴィアは彼の言葉に首を振った。
「どこに?」
「それは分からない」
突如として、一陣の風が森の中を吹き抜けていった。どこか生臭さを帯びている。
その時だった。森を包む空気が変わったのは。マーサは急激な気温の低下を感じた。見る見るうちに全身に鳥肌が広がっていき、額から冷や汗がどっと噴き出てきた。押し潰されるような重圧も感じる。息苦しさを覚え、マーサは喘いだ。何か不吉で強大なものが現れようとしている。それを感じ取ったのだろう、四人を囲んでいたウィルオウィスプも怯えたようにどこかへ消えてしまっていた。
自分が抱いた不安が顕在化していくのを見て、ヤマトは舌打ちをした。ここに至って自分の勘の良さを呪った。だが彼がシーフである限り、それは褒められるべき性質のものであるに違いない。有能なシーフほど鋭い勘を持っている。それこそ危機察知能力というものであり、それがあって初めてパーティーの先導役は務まるのだ。
薄い靄のようなものが足元から沸き立ち、四人の視界を覆っていく。
「皆、固まれ!」
ヤマトの合図で四人は円陣を組むように固まった。それぞれが武器を持ち周囲を警戒する。お互いの体温と呼吸が直に感じられるほど密着した状態で、四人はしばらくそのままじっとしていた。
――永遠とも思われるような時間が流れた後、再度、生温かい風がマーサ達の脇を通り抜けていった。不意に靄が晴れ、視界も徐々に開けていく。
気がつくと、彼女達は広々とした空間の中にいた。
そして四人とも目を見開き言葉を失った。目の前の巨大な黒馬に跨る偉丈夫の姿を見て。
「面白くないな」ヤマトがぽつりと呟いた。
「何がだ」彼の隣を歩くロッコが訊き返した。
「お前の鼻先を飛んでる、そいつがさ」
ロッコがうるさそうにそれを手で払った。ウィルオウィスプだ。森の入口で見たものとは異なり、紫色の光を放っている。マーサが目を凝らして周囲を見回すと、いつの間にやらかなりの数の球体に取り囲まれていた。だがそれらから敵意は感じられず、彼女達の行く手を妨げようというものも見当たらない。彼女がその一つに触れようとすると、それは軽やかに彼女の手から離れていったが、逃げるといったようなことはせずに、付かず離れずの距離を保ったまま浮いていた。
マーサは自分の指先にほんのりと温もりが残っているのを感じた。ウィルオウィスプの発する光の熱だろうか。そう思って初めて気がついた。森の中は暗くじめじめとしているものの、さほど寒さは感じられない。
色とりどりの球体が戯れるように飛ぶそのさまは幻想的で、いつしか彼女はそれを眺めているだけで疲労が癒えていくような感覚を覚えた。
「悪い気はしないけど」
「用心するに越したことはない。これ以上仲間内で分断されるのは御免だ」ヤマトはマントのフードの下から神経質そうにウィルオウィスプを見つめて言った。
「その心配はないわ。私達、導かれてる」シルヴィアは彼の言葉に首を振った。
「どこに?」
「それは分からない」
突如として、一陣の風が森の中を吹き抜けていった。どこか生臭さを帯びている。
その時だった。森を包む空気が変わったのは。マーサは急激な気温の低下を感じた。見る見るうちに全身に鳥肌が広がっていき、額から冷や汗がどっと噴き出てきた。押し潰されるような重圧も感じる。息苦しさを覚え、マーサは喘いだ。何か不吉で強大なものが現れようとしている。それを感じ取ったのだろう、四人を囲んでいたウィルオウィスプも怯えたようにどこかへ消えてしまっていた。
自分が抱いた不安が顕在化していくのを見て、ヤマトは舌打ちをした。ここに至って自分の勘の良さを呪った。だが彼がシーフである限り、それは褒められるべき性質のものであるに違いない。有能なシーフほど鋭い勘を持っている。それこそ危機察知能力というものであり、それがあって初めてパーティーの先導役は務まるのだ。
薄い靄のようなものが足元から沸き立ち、四人の視界を覆っていく。
「皆、固まれ!」
ヤマトの合図で四人は円陣を組むように固まった。それぞれが武器を持ち周囲を警戒する。お互いの体温と呼吸が直に感じられるほど密着した状態で、四人はしばらくそのままじっとしていた。
――永遠とも思われるような時間が流れた後、再度、生温かい風がマーサ達の脇を通り抜けていった。不意に靄が晴れ、視界も徐々に開けていく。
気がつくと、彼女達は広々とした空間の中にいた。
そして四人とも目を見開き言葉を失った。目の前の巨大な黒馬に跨る偉丈夫の姿を見て。