第58話 タウロス戦 其の一

文字数 1,629文字

 とはいうものの、ロッコが言うようにタウロスはかなりの強敵だった。
 雷鳴のような地鳴りを轟かせ、タウロスは四人に襲い掛かってきた。愛馬ゲイルを駆り、四人の間に一瞬にして入ると、まずフレイルをロッコに叩きつけた。そして彼の体勢が崩れたと見るや、今度は馬首をシルヴィアの方に翻し、彼女に矢を射る時間を与えないようゲイルを突進させ、さらにその間、騎乗したままの状態で振り向きざまに背後のマーサに一撃を加えた。

 つむじ風の如く旋回しながらのその攻撃に、ロッコは舌を巻いた。タウロスは戦闘をよく心得ている。それは彼の引き際の良さにもよく見て取れた。四人に囲まれそうになると、彼はゲイルに指示を出して素早く距離を取った。オークのように怒りに任せた攻撃などせずに、的確に一人一人にダメージを与え、四人に連携をとらせないようにしながら戦っている。
 ロッコは持っていた盾をあえて投げ捨てた。彼の機動力に対応するには、これが一番良い。“双子”を両手できつく握り締めながら、彼は叫んだ。「まずは奴の(あし)を狙うぞ‼」

 ロッコのその威勢のいい声を聞いて、シルヴィアはため息をついた。『言うは易しね』
 彼女は弓からシミターに持ち替え、後ろを向いて駆け去るゲイルに向けて、ライトニングボルトを撃とうと狙いを定めていたのだが、ゲイルが“俺は背後にも目がついているぞ”とでもいうように、くるりと彼女の方へ首を向けたため、完全に気圧されてしまっていた。

 彼女は首を振ってすぐに気を取り直すと、精神を集中させた。彼らを倒すためには、彼らをもっと注意深く観察しなければならない。彼らが距離を取ってくれたおかげで、わずかながらも考える時間が出来た。

 彼らには付け入る隙などないように思えた。タウロスとゲイルは息の合った人馬一体の動きを見せてはいるものの、全くの独立した別々の個体だ。それぞれに異なるウイルオウウイスプの集合体が憑りついている。故に、各々で危険を察知し合っているようだった。

 だが、ゲイルはタウロスにあるような核を持っていない。生前の記憶も持っていないようだった。であれば、あれは術者のタウロスを守れという命令に従っているだけの、ただの動く死屍にすぎない。

 それが彼らを倒すための突破口になるかもしれない。明確な指揮系統を持たないのなら、それを乱してやればいい。そうするためには……。

「みんな、分散して戦うぞ」ヤマトが三人に声を掛けた。彼も同じことを考えていたらしい。
「あいつ、真っ先にロッコを狙っている。お前の事がよっぽど気にいったらしいな」彼はロッコに笑みを向けた。

 ロッコは面白くもなさそうにフンと鼻を鳴らした。「俺を囮に使う気か? それはいいとして、お前はどうするんだ? あの重装備だ。お前の武器は何の役にも立たんぞ」

「心配するな。俺には秘密兵器がある」そう言うと、ヤマトは懐に手を入れた。
「秘密兵器だと? 今まで出し惜しみしてたってわけか?」
 ロッコが目を丸くすると彼は口の端を上げて笑った。「シーフって奴は、簡単に自分の手の内を明かさないものさ」

「彼が襲ってくる前にこちらから動きましょう」マーサが額から流れ落ちる汗を拭って言った。彼女の顔に赤みが帯びている。疲労が色濃く出ている徴だ。

「ロッコ、マーサ、ちょっと待って」シルヴィアが二人に近づき、彼らの背中に手を当てた。
「我が体内に眠る金剛のマナよ。この者達の盾となり、鎧となれ」彼女が呪文を唱えると、二人の体内にみるみる不思議な力が湧いてきた。
「何、これ?」
装甲魔法(ハードスキン)よ。この前のコボルト退治の時に覚えた魔法なんだけれど、打撃武器に対して防御効果を発揮するの。これで大分違ってくると思う。私は後方でライトニングボルトの準備をしているから、どうにかして彼らに隙を作らせて。この魔法ならウイルオウウイスプを吹き飛ばせると思うの」
「わかったわ」

「では、仕切り直しといくか」
 そう言うとロッコはタウロスに向かって一直線に走り出した。

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