第1話 プロローグ 其の一

文字数 1,756文字

  夜半を少し回ったばかりだというのに、外はまだ明るい。満月の明かりを受けて、周辺の草花が妖しい光を放っている。どこからか狼の遠吠えが聞こえた。四人の若者がやって来たのは、街の喧騒から遠く離れた人気のない場所だった。良識を持つ者ならばこんな夜中には決して近寄らない場所だ。彼らの目の前には、ぽっかりと口を開けた洞窟があった。地下へと続く階段は恐ろしく長く、底が見えない。一陣の風が吹き、背後にある沼地からじめじめとした空気を運んで来る。その風を受け、洞窟の両脇に据えられた灯篭の炎が、今にも消え入りそうに横に揺れた。

「ここか? 試練の洞窟っていうのは」

 ドワーフにしては大柄な男ロッコが、ぶかぶかの兜の下、顔中に広がる髭の奥から、もごもごと口を動かしながら言った。左手に大きなタワーシールドを持ち、右手に灯篭の灯りを受けてギラギラと光るバトルアックスを握っている。斧の手入れは、余念なくやってきたようだ。さらに、彼の腰のベルトには重そうなハンマーが一本ぶら下っていた。

「ええ、そのようね」

 クレリックのマーサが地図を見ながら呟いた。左手に戦乙女モリガンの絵柄があしらわれたアイアンシールドを持ち、腰に扱いやすそうなメイスを差している。モリガンは、大陸で使われる武器や防具に、お守りとして描かれる女性で、時には戦場を駆け抜け自ら戦い、時には鴉に姿を変え前線を飛び回りながら戦士を鼓舞する勇ましい女神として、人々から崇拝の念を持たれていた。だがマーサ本人は、そんな神とは似ても似つかわしくない、可愛らしい顔立ちをした人間の女性だった。栗色のショートボブに加え、あどけない表情をしていることもあって十代の少女と間違われることもあるが、れっきとした24歳の大人である。

「財宝は、この中にどれだけ眠っているんだ?」

「あなたたちドワーフは本当にお金のことしか頭にないのね。もっと外の世界にも目を向けるべきよ」
 そう口を尖らせるのは、艶やかな長い金髪をなびかせ、エルフ特有の尖った耳を自慢げに見せているシルヴィアだ。シミターを腰に差し、両手にはしなやかに曲がるロングボウを持っている。深緑色のマントの下から覗くスラリとした足が艶めかしく動いた。

「フン! お前らエルフは抽象的すぎる。だから、お前には一人も友人がいないのだ」
「何ですって……」
「やめろ」

 ロッコに飛び掛からんばかりになった彼女を、シーフのヤマトが手で制した。闇に身を潜みやすいよう黒衣のマントを羽織り、フードをかぶっている。そのフードの奥で煌めく眼光は鋭い。

「心配するな。財宝なら山とある。あの街は、街長のひいひいじいさんの時代に冒険者ギルドを設立し、世界中に無数に現れたダンジョンを塞ぐために大陸中から人を集め、冒険者を育てるといった名目で国からしこたま補助金を頂いてやがるのさ。この洞窟も、数日前に金・銀・財宝が補充されたって話だ。だからこんな所で道草食ってないで、早く行こう」

 ヤマトからそう聞いたロッコは満面の笑みを浮かべ、洞窟の入口へと向かっていった。その背中にマーサが声をかける。「勘違いしないでね、ロッコ。私たちの本当の目的は、冒険者の証よ。冒険者になるために必要な物なんだから、忘れないで!」

 小うるさそうに手を振りながら歩いていくロッコの後ろを、ヤマトがゆったりとした足取りで追っていった。

 話の腰を折られて怒ったような表情を見せているシルヴィアの肩に、マーサはそっと手を置いた。「さぁ、私達も入りましょう。あなたがまだ見たことのない魔法や生き物も、きっとこの中で待っているはずだわ。ロッコはああ言うけれど、あなたの事、結構気に入ってるのよ」

 シルヴィアは疑わしそうに彼の背中を見ていたが、やがて気を取り直したように頷いた。「いいわ、行きましょう。それにあなたの言う通りだわ。私が森を出たのも、まだ見ぬ世界を見るため。そのために冒険者になるんですもの」

 軽やかな足取りで入口へと向かう彼女を見ながら、マーサも顔に決意を滲ませた。そう、ここで逃げるわけにはいかないのだ。自分には冒険者になるという夢がある。そのためには、何としてもこのダンジョンを攻略しなければならない。

 胸を張り、一歩一歩足元を確かめながら、彼女は闇へと続く階段を降りて行った。

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