第15話 試練の洞窟 最後の部屋 “死闘、そして証の入手”

文字数 4,585文字

 長い通路を四人で歩いていく。ヤマトが一歩踏み出す度に、ランタンの灯りが揺れる。暗がりの中マーサ達の足音だけが不気味に響いていた。

 とうとう堪りかねてシルヴィアが口を開いた。「もう! 一体この通路どこまで続いているのよ! モンスターも一匹も出てこないし」

「文句を言ったところで何も変わらんわ! お前のお得意の魔法で何とかならんのか!」ロッコも苛立ちを隠さずに吠えたてた。

 一寸先何も見えない状況で、いつモンスターが襲ってくるのか、気を張り詰めながら歩いているのだ。かれこれ三十分もこの調子で歩き続けていた。彼らが不機嫌になるのも理解ができる。
 マーサが二人に言った。「落ち着いて。こんなに長い通路なんですもの。先には何かあるに違いないわ」

「何かあってもらわなくては困る。宝石か、数えきれないほどの金貨か」
「いえ、魔法よ。今までに見たことも聞いたこともない魔法が書かれた巻物がいいわ」

 ロッコとシルヴィアが思い思いに、自分の欲しい物を言い合っていると、ヤマトがうっすらと見える暗闇の先を指差して言った。「出口だ」

 通路を抜け出ると、そこは大きな正四角形の部屋だった。

 暗闇の中、液体の滴る音がする。それと血の匂いも。相当の量だ。ピチャピチャという音の元を辿っていくと、ランタンの灯りの中、床で血を流し死んでいるゴブリンの群れを見つけた。合計七体の死体が血溜まりの中浮かんでいる。そしてその中央に、緑色の皮膚を持つモンスターが朧げに立っていた。

 二メートル半はあるかと思われる巨体と盛り上がった筋肉。その上に乗る、岩のようにごつごつとした硬そうな顔。その顔にある両方の口の端からは大人の二の腕ほどもある牙が突き出ている。両手に握り締めた戦斧の刃先から、ゴブリンのものと思われる血が床に流れ落ちていた。

「オークよ!」

 シルヴィアが叫んだ。目が怒りで燃えている。エルフとオークの因縁は深い。彼らの間では何世代にも及ぶ血生臭い闘争が繰り広げられていた。脈々と受け継がれるエルフの血の中には、彼らに対する止むことのない憎悪が刻み込まれている。

 オークがシルヴィアを見て、言葉では言い表せないような声を上げた。「グルアアアーーーー!」

 吊り上げた口の端から歓喜の表情が読み取れる。彼女を嬲り殺すところを想像しているのかもしれない。

 すかさずシルヴィアがオーク目掛けて矢を放った。矢はオークの胸を貫いた。だがそいつは構わず、地を踏み鳴らしながら四人に迫って来た。

 ロッコがオークの動きを止めようとスラッシャーの刃で右脚を薙ぎ払った。しかしそいつは痛がる素振りも見せなかった。ロッコをちらりと見てそのまま突き進んで来る。あくまでシルヴィアのみを狙っているようだ。

 マーサが盾を構えて前進した。ロッコに倣って右脚にメイスを叩き込んだがビクともしない。メイスを持つ手が震えた。なんて強靭な肉体なのだろう。

 ヤマトがオークの左腕をダガーで突き刺した。戦斧を落とそうとしたのかもしれない。だがオークはハエを振り払うかのような仕草で右手を使い、彼のダガーを弾き飛ばした。

 そのダガーを素早く拾いヤマトが叫んだ。「こいつ、普通のオークじゃないぞ。 奴の目を見てみろ!」

 マーサはオークの目を覗き見た。確かに異常だった。瞳孔が開いている。狂戦士の証だ。

「シルヴィア、距離を取れ! 接近戦になれば命はないぞ!」ヤマトからそう言われたシルヴィアだったが、怒りで周りが見えていないようだった。弓を捨てシミターに持ち替え、憤然とオークに向かって行く。

 ロッコが舌打ちをして彼女とオークの間に入った。体を丸めそのまま盾の後ろに隠れる。完全防御の姿勢だ。オークが右手の戦斧を振り上げ、ロッコに打ちかかった。強力な一撃がロッコを襲う。彼の盾とオークの戦斧がぶつかり、鋭い音が鳴って火花が散った。

 自分の攻撃を完璧に防がれ、苛立ったような顔を見せたオークは、今度は左手の戦斧でシルヴィアを攻撃しようとした。

 それを見たマーサが、ロッコがしたようにシルヴィアを守ろうと、すかさずオークの前に立ちはだかった。

「馬鹿、よせ!」

 横で彼の声が聞こえたが、最早逃げることは出来ない。両足に全力を込めて踏ん張り、神に祈りながらオークの攻撃を待った。

 オークの攻撃が、構える盾の隙間から見える。風のような速さとともに強い衝撃が伝わって来た。そして今まで感じたことのないような痛みが彼女の腕に走った。一瞬挫けそうになったが歯を食いしばってその痛みに耐える。そうやって彼女は何とかオークの攻撃を防ぐことができた。

 シルヴィアを攻撃できない苛立ちからか、オークが雄叫びを上げた。「エーーーールフ!」
 オークが狂ったように両手の戦斧を振り回した。そのでたらめの攻撃をロッコとマーサが盾で何とか撥ね返す。

 オークの攻撃が止んだのを見ると、ロッコは防御態勢を解き、攻撃に転じた。オークの右腕を渾身の力で叩き斬る。今度はまともな手応えがあり、スラッシャーで斬られたその右腕からは鮮血が飛び散った。

 さらにヤマトがオークの背後に回り、低い体勢から同じ脚を狙って何度も何度も斬りつけた。オークが怒声を上げながら後ろを振り返り、ヤマトに向けて左足を蹴り上げる。だがオークの蹴りが当たる直前、彼は何とか後ろへ飛び下がってその攻撃をかわした。

「死になさい」

 振り返るマーサの後ろ、シルヴィアの手の中で電気が踊っている。彼女の伸ばした手の細い指先から閃光が迸った。ライトニングボルトの魔法がマーサの左横を通り抜け、オークを貫く。その魔法が一瞬オークの動きを止めた。

 これを見て、すかさずマーサはオークの頭にメイスを叩き込んだ。額から瞼にかけて一筋の血が流れ落ちる。立ったまま、ゆっくりと顔だけを向け、オークがマーサを睨みつけた。その目を見て、マーサの全身が総毛立った。骨の髄まで届きそうな殺気。もはやシルヴィアだけではなく、自分に向かってくる全ての敵に憎しみをぶつけている。

 オークがやたら滅多に両手のアックスを振り回した。ロッコとマーサが肩を並べて盾を構え、その攻撃に備える。一撃。二撃。三撃。息もつかせぬ攻撃が続き、その度にロッコの大きなタワーシールドが地面から持ち上がる。マーサはとうとうその攻撃に耐え切れず盾を下げてしまった。

『盾を持つ手に力が入らない』そう思った束の間、オークの戦斧が彼女を襲う。マーサはハッとして盾を顔まで上げたが、そのまま盾ごと横へ吹き飛ばされてしまった。

「マーサ!」ヤマトが叫び声を上げた。

 一瞬にしてオークとシルヴィアの間に隙ができる。オークが恍惚の表情を浮かべ、そのままシルヴィア目掛けて、左手の斧を振り下ろした。シルヴィアはシミターを掲げ、何とかそれを受け流そうとしたが、あまりの衝撃にそのまま地面まで叩きつけられてしまった。それでもオークの攻撃の軌道は変えることができたらしい。両膝を突き、額から血を流している彼女の横に、深々と床に突き刺ささるオークの戦斧があった。

 その斧を引き抜こうとして、オークが苦戦している。ロッコが“双子”を高々と上げ、怒りの声を上げた。「いい加減くたばりやがれ!」

 振り下ろされたスラッシャーの刃がオークの左腕を根元から斬り落とした。オークの顔が初めて苦痛で歪んだ。その一瞬の隙を突き、ヤマトはランタンを投げ捨て、オークの背中に飛び乗った。そして首の頸動脈目掛けてダガーを二本、思いっきり突き入れた。

 オークが叫び声を上げ、彼を振り落とそうと狂ったように暴れ回った。だがヤマトは必死の形相でしがみつき、ダガーを握る手にさらに力を込めた。すると、じたばたと藻掻き回っていたオークの動きが次第に衰えてきた。口の端から湯気のようなものを出し、目に宿っていた妖しい光も消えていく。仁王立ちになりながら首から二本のダガーを突き刺され、オークはとうとう動かなくなった。息をしている気配はどこにもない。その狂戦士は完全に息絶えた。

「この、バケモンが!」ロッコがオークの死体に唾を吐いた。
「やめて、ロッコ。死者を愚弄するのは」マーサが懇願するように言った。
「人間のクレリックというのは皆、お前みたいにお人好しなのか? いいか、よく聞け。こいつらオークは闇神ダルクでさえその醜さに辟易して、地下へと封じたモンスターなんだぞ。」

「それでも……、どんなに邪悪でも……、死ねばその魂の帰る先は皆同じよ。分け隔てなく神の御許に帰されるの。死者にだって尊厳は必要だわ。それを汚す行為はそれこそ邪悪な者がやる行為よ。私、あなたにそんな者になってもらいたくない」

 マーサの勢いにロッコがたじろいだ。

 ヤマトがマーサの肩を叩く。「マーサ、ドワーフやエルフは俺達とは少し違うんだ。彼らは光神ルシフェルが産んだ光の民。闇神リリスが産んだゴブリンやオークといった闇の民とは根本的に何もかも相容れないものなんだ」

「でも……」
「何だ、女エルフ。どうかしたのか?」

 ロッコがシルヴィアを怪訝そうに見ている。彼の視線の先に、オークの死体を前に呆然と立ち尽くしているシルヴィアの姿があった。両膝と額から血を流しながら、まだ夢の中にいるような顔つきでシミターも握ったままでいる。

 マーサが彼女の体に触れると、彼女はビクッと肩を震わせた。「えっ、あ……、ああ、終わったのね」

「やれやれ、ここにもとんだ狂戦士がいたもんだ」ロッコがからかうように言ったが、彼女はまだ心ここにあらずといった感じだった。「本当……、ごめんなさい。私……」

 さすがのロッコもこれには不安の色を見せた。「どうした? あまりの恐怖で尿でも漏らしたか」

「馬鹿言わないで。そんな訳ないでしょ!」彼女の声に生気が戻った。
「でも私がいなかったら、あなた危なかったわね。ほらシールドにもひびが入ってる。私の魔法があったから助かったようなものね」
「何を言ってる! 魔法を撃つんなら撃つと先に言わんかい! こっちが丸焦げになるところだったぞ」

 二人の言い合いを横で聞きながら、シルヴィアの態度に釈然としないものを覚えつつ、マーサがヤマトの方を見ると、彼は部屋の隅で何かを拾い上げていた。彼が手を上げ彼女を呼ぶ。ふらふらになりながらマーサが彼に近づいていくと、縦30センチ横25センチの長方形の箱が一つと、パンパンに膨れ上がった小包が一つ、彼の手の中にあるのが見えた。

「こっちはきっとロッコが大好きな物ね。こっちの箱は一体何かしら」

 マーサが首を傾げるとヤマトが笑った。「冒険者の証だ」

 箱の中身を見てみると四枚の羊皮紙が入っていた。紙の上にはこう書かれている。

 “生死を分ける闘いに見事勝利せし者よ。之はそれを証明せん。ギルドへ持ち帰り明け渡せ。だがゆめゆめ用心怠るな。明け渡すまでが汝が役目”

 読み終えたマーサは急いでロッコとシルヴィアを呼び寄せた。「ロッコ! シルヴィア! やったわ、冒険者の証よ!」

 彼らも集まって来てヤマトの手の中のものを見た。シルヴィアが体中の痛みも忘れて歓声を上げた。「やったわね、マーサ。これで私達も冒険者よ!」

 ロッコは? と思い、マーサが目を移すと、彼は冒険者の証ではなく、小包から溢れ出す金貨を見ていた。そしてぽつりと一言呟いた。「来てよかった……」 

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