第27話 プロローグ

文字数 1,032文字

 木々の爆ぜる音。動物たちの嘶き、叫び声。体が焼け焦げる匂い。我らエルフの燃える匂い。
  相も変らぬ人間達の闘争。それに付随する様々な悲劇。そして炎神イフリートの怒り。
 我らは止めようとした。いや、しただろうか? 
 ただ見て見ぬ振りをしただけでは? 人間など皆滅びてしまえ。長老達はそう言ってなかっただろうか。

 避けられぬ災厄を前にして、ただ呆然と立ち尽くすだけの仲間達。
 そして、誓い。打ち捨てられた誓い。
 誓ったはずだ、あの方をお守りすると。彼女の盾となり矛となると。

 目の前の光景に彼女は一言こう仰られた。「これも、神のご意志か」と。
 そして目の前には闇がある。闇は常にあった。全てを飲み込んでも未だ満足し足りない闇が。

「……きて、……起きて。ヴェロス! 起きて!」
 ヴェロスは片膝を立て上体を起こした。目の前にはハーフリングのコールがいる。彼の隣にはブロンコがおり、湖の後方に広がる山脈をじっと見つめていた。自分の故郷の山を思い出しているのかもしれない。彼は時折、首を傾げていた。

「どうした?」ふらふらする頭を押さえながら彼はコールに訊いた。
「うなされていたから心配になったんだ。汗もすごくかいているし」コールは両手をきつく握り締めていた。

 彼の仲間を思いやる優しさにおもわず笑みがこぼれる。「大丈夫だ」
 そう言うと、ヴェロスは姿勢を正し、辺りを見回した。セシルの姿が見当たらない。仕事を貰いに街のギルドへ行ったのかもしれない。ヴェロスは人間の街の匂いはどうしても好きになれなかった。あんな事が起こってしまってからは特に。

「彼はギルドか?」ヴェロスがコールに尋ねると、彼は小さく頷いた。
「うん。一時間位前に行ったっきり。あっ、でも見て! 戻って来た!」

 彼の指差す方向へ目をやると、ゆったりとした足取りでこちらへ向かって来るセシルの姿が確かに見えた。
 
 ――朝食代わりに湖のそばで自生しているベリーを食べていると、セシルが手招きをして彼を呼んだ。

「仕事だ」セシルが簡潔に言った。彼の動作にはいつも無駄がなく、その口調には森の賢者特有の物々しさがある。
「簡単そう?」コールが不安そうに彼に尋ねると、セシルは首を振った。
「いや、今回のは厄介だ。それ故、もう一パーティーと組む事になった」

 俯き考え込むセシルの様子が妙だったので、ヴェロスは彼に問い正した。「どうした、セシル。そんなに厄介なのか」

 セシルが彼の目をじっと見て、重々しい口調で言った。

「南へ行くぞ」

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