第47話 後始末

文字数 1,789文字

「行かれるのですね」ジェームズ司祭がマーサ達八人を見送りに来た。

 ◇

 彼女達は昨日丸一日、戦いの後始末に追われた。
 セシル組は教会の壊れた壁の瓦礫の山の跡片付け。マーサ組はウェアラットの死体の処分。
 ネズミの死体が疫病の発生源になることは周知の事実だ。それを放っておく訳にはいかない。マーサ達三人はくたくたになった体に鞭を打ち、急いでそれをやった。体調が万全ではないロッコは寝かせたままにして。

 教会の前庭では二十体以上のウェアラットが死んでいた。セシルの精霊魔法で死んでいった者達を含めると大体三十~四十体のネズミを相手にしてきたことになる。マーサはその数の多さを知って辟易した。
「奴らの繁殖能力には脱帽するわね」
 シルヴィアがうんざりした顔をするとヤマトも忌々し気に言った。「だが攻める側からしたらこれ以上使い勝手がいい物はないな」

 三人はまずその死体の山を町の男達と手分けしてダッカの外まで運び出した。そしてそこから町が十分離れている事を確認し、火をかけた。

 周囲には長閑な風景が広がっていた。心地よい秋風が吹いて、野の草花を揺らす。その上を暖かな陽射しを浴びながら鳥の一群が周辺の森から飛び立っていく。その景色を楽しめたらどんなにいいか。だがマーサ達の前には死が満ちていた。積み重ねられたウェアラットの死体から出る脂分を吸って炎が強さを増している。死体が燃える度、バチバチという嫌な音を出し、黒煙が舞い上がる。

「この光景をセシル達が見なくて良かったわね」マーサが死体の山から巻き上がる黒煙を見て呟いた。
「思い出さなくていい事まで思い出しちゃうもの」彼女のその言葉にヤマトとシルヴィアも小さく頷いた。

 黒煙が風に乗り死の臭いを運んで来る。そのままそれはダッカの後ろへ、裂け目の方へと流れていった。マーサはその煙の流れに不吉なものを感じたが言葉には出さなかった。それでなくても皆疲れ切っているのだ。余計な心配をかける必要もない。
 彼女は辺り一面を覆い始めた死臭に我慢できなくなり他の者達も連れてそこを立ち去ることにした。

 町へ戻ると教会の壁の瓦礫はあらかた片づけられていた。コールの指示を聞きながらブロンコが一生懸命頑張っている。彼が軽々と瓦礫を持ち上げる度、子供達から喝采が湧き起こった。それが彼の奮起を促しているようだ。

 マーサが残りの二人を探すと、町の女性達が彼らを取り囲んでいるのが見えた。彼らに代わる代わる感謝の言葉を浴びせている。セシルはそれに笑顔で返していたが、ヴェロスは複雑な表情を顔に浮かべていた。表面的には迷惑そうにしているが、顔にいつもの険しさがない。穏やかな表情を見せている。
「彼、あんな顔ができるのね。初めてじゃない? 彼がしかめっ面以外の顔を見せるのは」シルヴィアが嬉しそうに言った。

 マーサ達はその後ペトロ町長の勧めもあり、町で一夜を過ごす事に決めたのだった。それは彼女達にとっても有難かった。町の女房達が作ってくれたご飯に舌鼓を打ち、ジェームズ司祭が用意してくれた湯船に浸ったお陰で、八人全員その夜は心ゆくまで眠る事が出来た。

 ◇

「ええ」マーサは頷いた。
「この事件の真相を突き止めねばなりません。それには、裂け目までどうしても足を運ばなくては。それに少し気になることもあって……」マーサはちらりとヴェロスを見た。

「そうですか、となるとやはりあの森を抜けて行かなくてはなりませんね」ジェームズ司祭が顔に深い懸念の色を見せた。
「我々はあそこを『嘆きの森』と呼んでおります。原因は定かではありませんが南方の災厄の後突然現れたのです」

「『嘆きの森』と呼ばれる所以は?」
「木々は枯れ果て、生命の息吹が感じられないのはもちろん、どんなに晴れていても陽光は届かず、昼間でも何者かが泣き叫ぶような、そんな声が聞こえて来るのです。本当に人が泣く声なのかどうかは分かりません。木々の間を吹き抜ける風が変化してそのように聞こえている可能性もあります。ですが我々はあそこには絶対近寄りません」

 司祭はそう言うと袖の中から五本の小瓶を取り出した。
「お持ちください。聖水です。何かのお役に立てればと願います。あなた方には感謝してもしきれません。どうかあなた方の進む道がウヌス様の慈愛で満たされますように」司祭はそう言って八人全員と握手を交わした後、教会へと戻っていった。

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