第21話

文字数 1,499文字

このプロジェクトによっていわば主役を演じる小坂部が手にする報酬はきっかり三百万円でしかない。
まとまった金とは言え、借金を完済すればなくなるくらいで何処かに逃亡を図ろうにも中途半端な金額だった。
国内の地方都市でひっそりと身を隠すぐらいが現実的な選択だろう。
それでも前金二十万円貰っている小坂部としてみたら、もう後には引けない。
先週前金でもらった二十万円は既にギャンブルで使い果たしていた。
「金曜日の決済の時さえ凌いだら、残りの金をその場で払ってやる。
だから、あんたは完璧に斉藤大作になりきってもらう必要があるんだ」
デュークはそう話すともう一度質問を始めた。
「生年月日」
「生年月日は1946年2月18日」
「昭和で言ってみろ」
「昭和21年です」
「生まれは?」
「広島の尾道で…」
「おい、何度言ったらわかるんだ。
生まれとかで詰まっていたら、疑われるに決まったてるだろ!
この前渡した斎藤の情報をもう一度聞くからちゃんと暗記しとけよ」
小坂部はデュークからもらった斎藤のデータを何度も読み返して暗記することに努めた。
データには氏名に始まり、生年月日、干支、出身地、家族構成、家族の氏名や年齢、隣近所の状況、最寄りのスーパーマーケットの名前、物件の概要や外観、売却の理由など多岐にわたる。
何度か言葉に詰まるところはあったものの、もれなく記憶に刻まれていた。
「やればできるじゃないか!」
デュークはそう言って小坂部を少しだけ褒めた。
「金曜日が本番だから、前の日はちゃんと寝ておけよ。
当日の朝、もう一度テストするからな。
それと一つ言っとくが、わからない質問が来たら濁して話せばいい。
こちらで何とか誤魔化すから…。
いいな!」
「わかりました」
そう言うと小坂部はデュークの泊まっていたホテルの部屋から出て行った。
「どこ泊まらせているの、今の小坂部って人?」
「このホテルから三百メートル行ったところの、ボロい旅館だ。
奴にはそこで充分だ。
決算が終わったらすぐに金を渡してこの場所から遠くに行かせる。
近くにいたら、気が気でならん。
安心して寝れないからな」
決済日を金曜日に控えて、デュークは必要書類を全て揃えた。
印鑑登録証明書、登記事項証明書、固定資産評価証明書、固定資産税課税証明書、運転免許証、実印、物件の鍵、……。
一部の証明書を除いては全てが偽造品だ。
いずれもデュークの仲間、いわゆる道具屋によって精巧に造られている。
実印は3Dプリンターで寸分たがわず偽造し、運転免許証に至っては本物と同じICチップが組み込まれている。
素人目にはまず本物と見分けがつかない。
それらの資料を全て机の上に置いたデュークは
「金曜の昼前にはジイさんに実印と免許証を渡さないといけないな…。
決済の前に渡したら何が起こるかわからないからな」
デュークは自分に言い聞かせるように小坂部に渡す書類と自らが持たなくてはいけない書類とを分けて鞄に入れた。
志保はこの光景に似たのを五年以上前に見ていた。
志保が初めてデュークと仕事をした時だった。
その時は何の資料であるのかまるでわからなかった。
だが、今では志保も少し勉強していて一つ一つの書類が何であるかはだいたいはわかる程度になった。
デュークにしてみればそれはどうでもいい事だったが志保にしてみれば二億円がかかっていたので、そのくらいはわかっておかないといけないところだった。
実はデュークはもう一つ、秘策を用意していた。
これは他の詐欺師にはなかなか出来ない事で、これがあるから何度も詐欺を成功させてきた切り札であった。
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