第2話

文字数 1,727文字

父がゲームソフトの社長で家庭環境に恵まれていた俊樹は、有名大学を卒業した後すぐに父親のグローバルジャパン、通称(株)GJに入社した。
GJは従業員は二十名ほどだが、今や飛ぶ鳥を撃ち落とす勢いがある会社で業績もうなぎ登りであった。
入社した当時から父親のコネを使いまくったとはいえその業績にかなり貢献した俊樹は、入社二年で常務という役職を得たのだ。
長男でやがては父親の後を継ぐものと見られていて、社内での評判も悪くはない。
ただ、女癖は決していいとは言い難く、泣いた女も何人かいた事は事実だった。
父親の正和としてみれば、早めに身を固めて仕事に専念してほしいと以前から思っていた。
そこに息子俊樹から結婚の話があったのは三ヶ月前のことだった。
「父さん、僕、好きな人ができたんだけど紹介してもいいかな?」
二十五歳を迎えようとしていた俊樹からの突然の話に、両親は唖然とした。
俊樹が自分たちに彼女を紹介した事はいままでに一度もない。
俊樹が付き合っている人がいたのは、俊樹自身の口から聞いた事はあったが、紹介というか、会ったことは今までなかった。
母純子は、一人息子ゆえ甘えて育てすぎたことを悔んでいたが、こんなに早く息子が好きな人を連れてくる日が来ようとは、思ってもなかったことであった。
「この前の昇進パーティーの時に出会った新川美香さんなんだ。」
俊樹は左手でミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、右手でキャップを開けて、一気に飲み干した後、首を小刻みに振りながら話した。
そのパーティーには正和はもちろん純子も出席していた。
「あ〜、あの可愛らしいお嬢さん?」
朝ごはんを作り終えた純子は、ポットからお湯を湯呑みに入れ、俊樹を見つめ直した。
「俊樹が感じのいいって言っていた人か?」
すかさず正和が俊樹に聞き直す。
「うん。結婚したいと思ってるんだ…」
結婚という言葉を俊樹本人の口から聞いたのは初めての正和と純子は手放して喜んだ。
「そろそろ結婚の時期じゃあないかって、この前話したばかりだったんだ…。
なあ、母さん」
少し興奮気味に話す正和に、純子は逆に冷静だった。
「よく考えたの?
結婚って一度したらすぐにはやり直せないものなのよ!
まだ、会って一ヶ月もたたないうちに決めて後悔しないようにしなさいよ」
嬉しいのは当たり前だった純子ではあったが、すぐに結婚を決めた息子に少しだけ苦い言葉をかけた。
俊樹にしてみれば、セックスできない日々が続くこと自体が我慢できないことだった。
今まで一度たりとも女がいなかった事はない。
現実に美香と出会った時にも付き合っていた女性はいた。
ただし、その女性と結婚するつもりは俊樹にはなかった。
嫌いではなかったが、恋い焦がれるとまではいかない恋愛である事は自分が一番分かっていたのだ。
だから、美香に付き合ってくれと言った時に、今まで付き合っていた女性とはすぐに別れた。
その女性には悪いと思ったが、美香と付き合いながらその彼女と付き合うという事はその女性に失礼だと思ったし、何より美香を馬鹿にしていると思えたからであった。
分別ある男性ならば当たり前のことなのだが、なかなか別れられないのが男女の中なのだ。
幸い、前の女性とはそんなに変な別れ方はしなかったはずだと俊樹は感じていた。
彼女自体も納得してくれたように見えたからだった。
美香と付き合い出した俊樹は美香との「一つだけのお願い」を出された。
それが、結婚するまで純潔を突き通すことである。
美香が中学生の時、母が亡くなった。
その時に、母から「結婚するまでは処女をまもりなさい」と遺言にも似た言葉を交わしたというのだ。
それを美香はずっと守っているというのだった。
故に私と付き合うのだったら結婚が条件で、しかも結婚式まで処女でいさせてくれることが付き合う条件だった。
俊樹からしてみればその条件は凄くハードルが高かった。
だが、結婚さえしてしまえばいくらでもセックスはできる。
しかも結婚の日を決めれば何とかさせてくれるはずだと踏んでいた俊樹だったが、約束は約束と、毅然たる態度で身体を許さない美香にジレンマを感じていたのは事実だった。
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