第19話

文字数 2,001文字

パープルは二年前にできた比較的新しいクラブだが、実は開店は一ヶ月ほど延びた。
当時伊藤凛という四十代の女性が経営者兼ママで始めるつもりだった。
始める前に念のため健康診断を受けたのだが、リンパ腺のがん、所謂白血病であることが判明した。
今の医学ではちゃんと治療すれば命には別状はないのだが、放射線治療とかで病院での治療の時間が長くかかり、店をやれる自信がなくなったのだった。
すでにいつでも開店できる準備はできており、このままではママがいない状態で開店を迎えざるを得なくなる。
ただ代わりのママといっても銀座でのママは普通のママでは代わりはなかなか出来はしない。
それなりの美貌と人脈を持っている女性でなければ通用しないのだ。
そこで以前働いていたクラブのお得意さん、宮本典雄に相談したところ、八坂志保を勧めてきたのだった。
宮本は以前経営コンサルタントをやっていて、はぶりは良かった。
今はジャパンプランニングという不動産コンサルタントをやっていた。
夜の店には詳しく、顔もひろかったので凛はしばらくの間のママを紹介して欲しいと宮本に頼んだのだ。
宮本は銀座の街に開店の時にママが変わるなどという話が広まったら、すぐにこの店は閑古長が鳴くと言われて、自分以外の人にはこの話は話さない方がいいと言った。
凛はそれもそうだと思い、宮本に一任したのだ。
志保は以前、他の街で雇われママをやった経験があるとかで、凛に紹介したところ、凛がめっぽう気に入りすぐに契約の話となった。
志保はママになるにあたって、雇われと他の人に知られるとママとしての品位が落ちるのでそれだけは他言しないように求めた。
パープルのママとしての契約は次の通りだった。

①一月の給料は百万円プラス歩合とする
その歩合は売り上げではなく利益の30パーセント
②利益が二ヶ月以上でない時は何時でも解雇できる
③ママとしての契約は二年間とする
ただしその延長は伊藤凛の体調を見てから決める

以上がパープルのママとしての契約だった。
後一ヶ月ほどで二年が経過する。
伊藤凛の体調は以前より遥かに良くなり、いつでも復帰できるところまで来ていた。
この二年足らずの間の志保のパープルのママとしての業績は凛が期待していた以上だった。
開店当時から利益はプラスで常に五百万円以上利益が出ていた。
故に凛は志保に対して何も注文らしいことは言わずに全てを任せてきたのだった。
経理も万全で、ごまかすところはどこにも見当たらなかった。
だから本来ならばこのまま続けさせたいところだが、契約の二年を過ぎたら志保が給料の大幅な値上げを要求する可能性があった。
何故なら志保の給料は固定の百万円と歩合を合わせると楽に二百万円は超える。
普通ならホクホクのところだが、銀座のママとなると洋服とか持ち物、その他いろんなことにお金がかかるのだ。
そして何より気を使う。
客の事を考えて、従業員の事、店の事、全てにおいて常に考えていかなくてはならなかった。
自分の店ならいざ知らず、雇われの身である。
志保にとっては割の良い仕事とは思えなかった。
だが、志保たちには違う狙いがあった。
たちとは志保だけではなく宮本も志保の仲間だった。
宮本はデューク西城という名前で地面師の間では知らない人がいないくらいの詐欺軍団を束ねる詐欺師だった。
幾つも名前を変え、全国のあらゆるところに出没して詐欺を重ねていった。
五年前に一度捕まったことがあったが、証拠不十分で釈放されている。
特殊な技法で顔を少しだけ変えて、指紋は今流行りのマニュキアで別の指紋に切り替わるように掌に塗っている。
怪人二十面相のデュークとまで言われていて、警察のマークもきついはずだが、いとも簡単にそのマークを何時もすり抜ける。
そのデューク西城が今回志保と手を組んだのだ。
実はデュークと志保が組んだのは初めてではない。
志保が二十代半ばの五、六年前に一度組んだことがあった。
当時は志保はまだ地面師たるものが何であるかがあまり分からないまま、デュークの言う通りに動いた。
志保が当時手にした額は三千万円程で、デュークにとっては大した額ではなかったが、志保にしてみれば汗水たらして一生懸命働いて五年以上かかる金だった。
それから三年以上が経過した頃に志保の元にデュークから一本の電話が入った。
「今回は二年ほど日数はかかるけど配当は二億は下らない。
どうだ、やってみるか?」
携帯を手に取った瞬間から武者震いをしている自分がいる事に気づいた。
志保はどっぷりと詐欺の魔力にハマってしまっていた。
デュークは前回志保を起用してから(この女は使える)と瞬時に判断して携帯の記録を残していたのだった。
そして何度か銀座のクラブを中心にあらゆる店を回りながら情報を集めて、今回のパープルに話を繋げたのであった。
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