第6話

文字数 1,148文字

「う,うっ…、頭が痛い…」
飲みすぎたせいか喉がカラカラで,ベッドから起きて冷蔵庫に向かおうとした俊樹は,部屋の中がいつもと違うことに気付いた。
「えっ…?」
自分が寝ていた隣に裸で髪の長い女性が横たわっている。
顔は反対側に向いていたためすぐにはわからなかったが,どう考えてみてもユイの後ろ姿である。
恐る恐る反対側に回ってみる。
やはりその寝顔はユイだった。
慌てて時計を見ると午前五時を少し回ったところを針は示している。
記憶を失ってから六時間が経過していた計算になる。
俊樹はホテルの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、首のあたりからグビグビと音を出しながら一息で飲み干した。
「ふぅ〜」
最初に口から出た言葉がこれである。
首を左右に小刻みに動かしながら,俊樹はこれからのシチュエーションを考えた。
おそらくこの状態ならば,ユイとセックスをしたということは間違い無いだろう。
僕には覚えがないと主張したところで無駄なことだ。
だったらこれからどうするか?
いや,どうすれば一番いいのかを考えなくてはいけなかった。
幸いユイは今寝ている。
ユイを残してこのまま逃げ去るべきか?
いや,そんな卑劣なことはできない。
万が一でも,ユイが警察に届けるということはないだろうが,いずれは自分が誰であるかは調べれば分かることだ。
ならばどうする?
頭が痛いどうこう言っている場合ではない。
俊樹は今置かれている自分の立場を再認識した。
このことが美香に知られたら結婚はおしまいかもしれない。
しかも多額の賠償金を支払う約束もしている。
実は俊樹は美香と結婚すると決めた時に,契約書たるものを書かされていたのだった。
それは,二つの約束事で,一つは結婚するにあたって,まず式の時までは関係は持たない。
そしてもう一つは,結婚式までは他の女性と交わらない。
このたった二つの誓い書である。
もし,万一それが守れない時は,婚約を解消して,違約金を支払うという約束事であった。
美香の父親の前で書かされた俊樹は,その時,こんな状態になるなんて予想だにしないものであった。
だから違約金が三千万円であろうがそれ以上だったとしても全く構わないはずだった。
故に三千万円という額を了承して,名前を書き,ハンコを押したのだった。
まさかこんなことになるなんて,なんという浅はかで愚かな行動をとってしまったのだろうか?

そのことを悔やんでももう遅い。
ではどうするべきなのだろうか?
ユイに話をして関係を持ったことを黙っていてもらうのが最善策なのだろう。
ただそれには,典英や咲という女性にも口止めしなくてはならない。
俊樹は,この大問題を短時間の間にクリアしなければ大変なことになる,と自らに言い聞かせた。
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