第23

文字数 1,989文字

決済日の金曜日がきた。
十時に小坂部をデュークの部屋に呼び出してリハーサルを行った。
それと同時に特殊メイクを敢行した。
小坂部にメイクをするのはこれで二回目である。一度目は免許証の写真取りの時だ。
メイクは自然な仕上がりで顔をつついているのは見た目にはわからない。
「名前は?」
不意にデュークが小坂部に聞いた。
突然の問いかけにも「斉藤大作」と平然と答えた。
「よし!いいぞ」
デュークは不意打ちをかけた問いにすぐに答えることができた小坂部に称賛の言葉をかけた。
これで小坂部も落ち着いた。
後はプリンスの会議室へ行きリハーサルのとおりに進めるだけだった。
プリンスに着いたデュークと小坂部は時間どおりに会議室へ向かった。
志保は二人より少し遅れて会議室に入った。
ドアを開くと窪田側は皆席に座っていた。
志保は窪田に手をあげて窪田のそばに来て窪田の耳に手をあてて「私、クーさんがそばにいてくれって言うから来たけど、なんか場違いみたいだから、ラウンジ行ってるね。
終わったらお茶しよ!」
窪田側には窪田、それと窪田の会社の副社長、そして窪田が用意した司法書士が居並ぶ中で、志保にしてみれば斎藤側に並ぶべきなのだが、別に志保がいようがいなかろうが決済には全く関係はない。
窪田が来てくれと頼んだから来た志保だったが
、場違いなのは窪田にも理解できたみたいで、小さく何度か頷いた。
デューク側は結局二人となった。
志保がドアを開けて出て行ったと同時に「時間になりましたのでこれから始めさせていただきます」
黒縁のメガネをかけた五十前後の司法書士が始まりの合図を出した。
「本日はお忙しいところご足労いただきましてありがとうございます。
無事この日を迎えられてうれしくおもっております」
デューク、いや宮本はテーブルの向こう側に並んだ窪田不動産の関係者を見渡して口を開いた。
「こちらこそ、この度は貴重な物件を私どもにお譲りくださり、深く感謝申し上げます」
窪田はまだ四十代だが、ここにいる全ての人の中で、一番若い。
だが若くとも礼儀はちゃんとしている。
社長としての気量も有ると自負をしていた。
現実に何度も契約には立ち合い利益を出してきている。
今回のも契約して、分譲マンションを建てれば利益は十億円は下らないと思われた。
「時間も限られていることですし、早速始めましょうか」
宮本が明るい声で促すと皆が相槌を打った。
「それでは斎藤様。
本人確認をいたしますので顔つきの身分証明書を
ご提示いただけますか」
司法書士が小坂部に顔をむけた。
入室してから一言も言葉を発していない小坂部は
、幾分緊張した面持ちで小さくうなずいた。
ジャケットの内ポケットから財布を取り出して、中にしまっていた免許証を司法書士へ示した。
「直接拝見してもよろしいですか」
司法書士は斎藤大作の免許証を受け取った。
形成や外観を確認してから、氏名や住所表記などに目を走らせて、券面の写真と斎藤の顔を見比べている。
「では、念の為にいくつか簡単な質問させてください」
司法書士が呼びかけると、再び斎藤は頷いた。
「斉藤大作様本人で間違い無いですね」
「……間違いありません」
小坂部の表情に動揺らしき色は見受けられない。
少し答えずらそうにしている雰囲気がかえって「本物」っぽさを演出できている感じがした。
「生年月日を教えていただけますか」
「昭和二十一年の、二月十八日」
ここに来る前、デュークの部屋でのやりとりを再現するかのように、小坂部が淀みなく答えている。
デュークは、平穏な心もちで耳を傾けていた。
「干支をお願いします」
免許証と卓上のメモを見ながら司法書士が淡々とした調子でつづける。
「干支は戌です」
記憶を呼び戻すように小坂部は目をつむって答えた。
少し咳をした小坂を見てデュークは「この前病院へ行き、少し風邪気味なのであんまり無理できないので簡潔にお願いできませんか」
と助け舟を出した。
司法書士は窪田の方に目をやった。
窪田は2、3度頷き、それを見た司法書士は
「では斎藤様、こちらのご自宅を窪田不動産に売却してもよろしいですか」
と、小坂部に聞いたのだった。
「……はい」
と控えめに頷いた小坂部を見て司法書士は
買主の社長と斎藤が登記関係の書類に次々と記名、押印していく。
「ここと、ここ、それからここにも実印をお願いいたします」
小坂部の表情は相変わらず余裕が失われているものの、書き慣れた感じが出るまで何度も筆写させたはずの、斉藤大作の文字に迷いは無かった。
指示に従って実印を押す動作もソツがなかった。
やがて、それぞれの記名と押印済み書類の確認を終えた司法書士が、出席者を見回しながら口を開いた。
「登記申請書類は全て整いました。
決済をしていただいて結構です」
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