第17話

文字数 1,802文字

恵比寿の土地を従業員に調べさせたが別段不安なところは感じなかった。
今朝も簡単な調べはしたが、宮本の言う通り斉藤大作という人物が一人で住んでいることになっていた。
念のために抵当権も調べたが設定などされていない。
月曜日にその土地と建物の中を少し見させてもらえれば、後の段取りはスムーズに行くはずだと窪田は感じた。
だが何故志保のところにそんな話が何度も舞い込むのだろう?
どんな伝手を持っているのだろうか?
不思議な女だと感心すると同時に、どうしても志保が自分には必要である事を改めて感じた。

月曜日に宮本と約束した時間に恵比寿の駅前の喫茶店に向かった窪田は今日は志保が来ないことに少し不満を感じていた。
「後は私はわからないからクーさん、あなたの仕事よ!」
と言って今日は姿を見せないとのことであった。
いくらわからないといっても七億の仕事である。
隣で聴いているだけでも良いからいて欲しかったのだが、まあわからないのだからそばにいてもつまらないのは理解できた。
時間前に喫茶店に着いた窪田だったが、今回も宮本は先に来てテーブルについていた。
「お世話になります」
宮本の方から先に直立して挨拶をしてきたので、窪田も深々と頭を下げて「こちらこそ、案内お願いします」と少し笑みを見せた。
この喫茶店から歩いてすぐの場所が商談の土地である。
「アイスコーヒー、ブラックで!」
店員が置いたアイスコーヒーのグラスをストローも刺さずに一息で飲んだ。
「今日は蒸し暑いですね」
窪田は上着を席にかけておしぼりで首を拭いた。
「今日は三十度近くいくらしいですよ」
宮本がポケットから鍵を取り出して窪田に見せてから「早めに見に行きますか?」
と窪田に家を見に行くのを急かした。
今、座ったばかりの窪田だったが別に宮本と世間話をしても仕方がないので言われるがままに、「じゃあ行きましょうか!」
と答えて喫茶店を出た。
「今日は斎藤は病院に行ってますのでいないんですよ」
ハンカチで汗を拭きながら窪田を見つめた。
その場所は喫茶店から三分ほど歩いた場所で
マンションを建てるにはちょうどいい面積で立地も悪くはない。
この前志保が言っていたようにこの場所だけが古い二階建ての民家で、庭の手入れもできていない区域だった。
「家の中に入ってみますか!」
宮本が喫茶店で見せた鍵を取り出すと玄関のドアに差し込みドアを開けた。
開けた途端に少しムッとした感じが漂った。
「換気がわるいんでしょう。なんせ一人身なので…。趣味もないみたいだからなぁ…」
独り身の年寄りだからこんなものかもしれないな?と窪田は感じながら部屋の中を見渡した。
ごく普通の部屋だった。
テレビとクーラー、それにしてもあまり物がない。
そんな事を気にしていても仕方がないので、窪田は「二階はもう見なくて結構です」
と宮本に告げると、宮本は鍵をかけ直して家の前に立った。
「この場所は前から他の不動産屋が狙っていたのですが斎藤がどうしても売りたがらなかったのです。
でも税金とかいろんな物入りができたみたいで、私にこの土地を売ってくれないかと話があったんですよ」
宮本が斎藤がこの家を売る理由を淡々と語っているのを窪田は黙って聴いていた。
「斎藤とは少し歳は違いますが幼なじみでね…」
そこまでいうと宮本は、「いや、私ごとの話で恐縮でしたな。
どうです、志保さんの紹介ですからこの話を持ってきたのですが、気に入られなかったら断ってもらって結構です。
他に持っていきますので…」
宮本の言葉が終わらないうちに「いえ、いえ、宮本さん。良い話を持ってきていただいてありがとうございます。
ただ、七億円の話ですから帰って専務と会議を開いてなるべく早めに連絡いたします。
そうですね、三日ください。
木曜日には必ず連絡しますので、よろしくお願いします」
そう言うと窪田は「この携帯にかければいいんですよね」と、この前交換した宮本の名刺を取り出した。
「それで結構です。何度も言うようで失礼なのですが、出来るだけ早めにお願いします。
斎藤もそれを望んでいますので」
「わかりました。
では早めに連絡いたします。
今日はありがとうございました」
窪田はそう宮本に告げて恵比寿を後にした。
後は会社に帰って会議にかけてからゴーサインを出すだけだなと思いながら帰宅を急いだ。
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