退学者は思い出す 1

文字数 987文字

 緩やかに死が近づいてくる。
 いつかは誰もに訪れるそれの気配がし始めても、クリアは何も思わなかった。

 彼を深淵に閉じ込めているエメラルドは本気で魔術を解除する気は無いのだろう。
 深淵の中では時間の感覚が曖昧になってしまうが、消耗し続ける己の感覚から、既に数時間は過ぎているように思える。はっきりとはわからないが、もうあまり時間は残されていないのだろう。

 魔術を使えば、戻れる。

 ただそれだけのことなのに、それでも、死を前にしても、動こうと思えない。動けないというのもあるが、自分を縛るようなこの何かを突き破ってまで動きたいと思えないのも、きっと原因なのだろう。
 精霊親和と言ったか。
 エメラルドは詳しそうだったが、クリアが魔術学園都市で読んだ資料や魔術書の中には、その言葉があるものはなかった筈だ。精霊に好かれていることらしいが、教えられても全く自覚は生まれない。ありえない、と答えたのは割と本気だった。

 魔術士はその性質上精霊に嫌われるという。
 例に漏れずクリアもそうで、少なくとも育てた作物が一度もまともに実らない程度には嫌われている。
 極端にというより、一般的魔術士と違いが無い程度にはその影響は受けている自覚があったから、今更好かれていると言われても全く身に覚えがない。

 だが、その結果として深淵で身動きが取れないのだとしたら、それはもう仕方ないのではないかと、そこまでして動いて欲しくないと思ってる精霊の意志を無視するのもどうかと、思ってしまう。
 結果としてそれで死ぬとして。
 何かにしがみついてでも生きていたいと思わないから、死んでしまっても仕方ないとすら。


 死ぬ。
 それが意味することを、よく知っている。


 動かなくなること。息をしなくなること。二度と目覚めないこと。冷たくなること。腐り落ちていくこと。どこにもいなくなること。


 今の自分がそうなったとて、誰も困らないのなら問題ないだろうと、思ってしまう。
 困るのは死体を処理する首席のエメラルドになるのだろうが、その結末も込みでここまでしているのだろうし、それがどうしても嫌ならギリギリで術を解除するなり何なり本人がするのだろう。クリアとしてはどうだっていいことだ。

 こんな、彼のいない世界で、何もないまま生き続けるのと。
 突然死んでしまうのと。

 どっちだって、変わらない。どっちにしろ、もう会えないのだから。
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