退学者、落とされる 3
文字数 1,884文字
精霊親和である本人に自覚がないことは多い。
むしろ自覚がないからこそ、歴史的にも解決されている事例が少なすぎるのだろう。
軽度もそうだが、自力での解決が困難な中度以降のそれですら、好かれていると言っても日常で感じられる恩恵は「ちょっとひとより運がいいかもしれない気がする」程度の差異しかない。
そして重度以上になれば、恩恵が一気に増えすぎて、逆に魔術士になる理由すら見当たらなくなる。
精霊たちを魔術で縛り言うことをきかせる必要がなくなるからだ。
存在としてはもうほぼ滅亡しているに近い精霊使いがそこに該当する。
神の時代から存在した、神が試行した人の可能性の一つ。
結局は魔法使い同様、人のありようとしては採用に至らず、いつか廃れる未来が決定づけられた存在。精霊からの過度の好感に基づき約束を結び、命令ではなく好意から生まれる約束を前提としたお願いをして、結果を生み出すもの。
ただし、クリアは少なくともそれではない。
「あのね。好かれてるかどうかなんて、貴方が決める話じゃないから」
どういう訳だが、相手に好かれているということ自体を拒絶する意志を感じる即答に、頭が痛くなりそうだった。
貴方ってばなんて傲慢なの、と言いたいのはぐっと堪えたのだから、彼女としてはものすごく譲歩している。
クリアの置かれている状況が普通でないのは知っていたけれど、それをもっとややこしくしてるのはこの性格ではなかろうか、とエメラルドは思う。普通、何かに好かれているということを知って、戸惑いや喜びや恥じらいや困惑はあっても、こんな明確な拒絶は出てこない。
そうなるに至るだけの理由はあるのだろう。
救いは、人と全く異なる意識である精霊は、そんな強すぎる拒絶を知ってても、それでもって好意を変動させる事がない事くらいか。
(好きになられるってこと自体がダメなのかしらね?)
疑問はあったが、この場においてそんなことはどうでもいいし、関係ないのだ。
精霊もだが、師弟関係にだって好き嫌いなんてどうでもいい。
「精霊に好かれてるほど、深淵で魔術を使う際に感じる彼らからの抵抗は大きい。貴方が認めなかろうが、今の貴方はそこで身動き一つ取れないでしょう? それが事実であり、全部よ。普通はね、身動きすらとれないことがありえないのよ」
こうは言ったけれど、動けない要因のもう一つは、阻まれている側のクリアに、阻んでいる何かを責めたり、或いは状況の改善を強く望んだりする気がないことのように思うエメラルドである。
精霊の好意に比例して動き辛くなる深淵だが、身じろぎすら無理というのは、どんな好かれ具合でも起こりえない異常。
それに多くの精霊親和というのは、精霊全てからの好意の度合いが通常よりも強いものだ。これは精霊が各々別個でありながら全て繋がっている存在であるのも大きいだろうけれど、この少年においては好意を抱かれている精霊はただ一つである。
その一つの精霊からの好意が、いっそ愛情と言い換えるべきであるほど、強すぎるだけ。
強すぎる好意が、そのままクリアに抵抗力となってのし掛かってる形だ。
殆ど動けないほどの好意となると、それはもう魔術士以外になった方が良い程の精霊親和……だが。
残念なことにクリアを好いている精霊は、それに最も向かない相手である。
「という訳で、貴方には選んでもらうわ」
クリア自身が変化や改善を望んでないことが理由の一つなら、尚更この方法しか残っていないだろう。
「そこで術を使って戻ってくるか……そこでそのまま死ぬかを」
「え」
深淵から小さな声が返って来たが、それでもやはり感情など篭ってない響きだった。感情が揺り動かされたのではなく、単にこちらの発言に触発されて溢れただけの声、でしかない。
それがひどく腹立たしいと思うのは、自分も傲慢だからだろうか。
真剣に死を提示されてもこの反応では、はなっから生徒を殺す度胸もない学園都市の教師陣なんかにどうにかできた筈がない。
「言っておくけど、私は本気だから」
この子は、死を何とも思っていない。
正しくは「自分の死」を、だろうか。
魔術で深淵に意識を閉じ込めている関係で、その意識の一端が繋がり伝わってくる。
そのせいでわかってしまうのだが、クリアという少年の感覚においては、そういう年頃だからとかいう問題でなく、もっと根源的な部分で、己が死ぬということに対しての拒絶感が無いように思える。
何にせよそれは、年齢不相応な認識だ。
いや、人が生きる上では不要なものだ。
「喜びなさい? 死んだら、私が最後を看取ってあげるんだから」
むしろ自覚がないからこそ、歴史的にも解決されている事例が少なすぎるのだろう。
軽度もそうだが、自力での解決が困難な中度以降のそれですら、好かれていると言っても日常で感じられる恩恵は「ちょっとひとより運がいいかもしれない気がする」程度の差異しかない。
そして重度以上になれば、恩恵が一気に増えすぎて、逆に魔術士になる理由すら見当たらなくなる。
精霊たちを魔術で縛り言うことをきかせる必要がなくなるからだ。
存在としてはもうほぼ滅亡しているに近い精霊使いがそこに該当する。
神の時代から存在した、神が試行した人の可能性の一つ。
結局は魔法使い同様、人のありようとしては採用に至らず、いつか廃れる未来が決定づけられた存在。精霊からの過度の好感に基づき約束を結び、命令ではなく好意から生まれる約束を前提としたお願いをして、結果を生み出すもの。
ただし、クリアは少なくともそれではない。
「あのね。好かれてるかどうかなんて、貴方が決める話じゃないから」
どういう訳だが、相手に好かれているということ自体を拒絶する意志を感じる即答に、頭が痛くなりそうだった。
貴方ってばなんて傲慢なの、と言いたいのはぐっと堪えたのだから、彼女としてはものすごく譲歩している。
クリアの置かれている状況が普通でないのは知っていたけれど、それをもっとややこしくしてるのはこの性格ではなかろうか、とエメラルドは思う。普通、何かに好かれているということを知って、戸惑いや喜びや恥じらいや困惑はあっても、こんな明確な拒絶は出てこない。
そうなるに至るだけの理由はあるのだろう。
救いは、人と全く異なる意識である精霊は、そんな強すぎる拒絶を知ってても、それでもって好意を変動させる事がない事くらいか。
(好きになられるってこと自体がダメなのかしらね?)
疑問はあったが、この場においてそんなことはどうでもいいし、関係ないのだ。
精霊もだが、師弟関係にだって好き嫌いなんてどうでもいい。
「精霊に好かれてるほど、深淵で魔術を使う際に感じる彼らからの抵抗は大きい。貴方が認めなかろうが、今の貴方はそこで身動き一つ取れないでしょう? それが事実であり、全部よ。普通はね、身動きすらとれないことがありえないのよ」
こうは言ったけれど、動けない要因のもう一つは、阻まれている側のクリアに、阻んでいる何かを責めたり、或いは状況の改善を強く望んだりする気がないことのように思うエメラルドである。
精霊の好意に比例して動き辛くなる深淵だが、身じろぎすら無理というのは、どんな好かれ具合でも起こりえない異常。
それに多くの精霊親和というのは、精霊全てからの好意の度合いが通常よりも強いものだ。これは精霊が各々別個でありながら全て繋がっている存在であるのも大きいだろうけれど、この少年においては好意を抱かれている精霊はただ一つである。
その一つの精霊からの好意が、いっそ愛情と言い換えるべきであるほど、強すぎるだけ。
強すぎる好意が、そのままクリアに抵抗力となってのし掛かってる形だ。
殆ど動けないほどの好意となると、それはもう魔術士以外になった方が良い程の精霊親和……だが。
残念なことにクリアを好いている精霊は、それに最も向かない相手である。
「という訳で、貴方には選んでもらうわ」
クリア自身が変化や改善を望んでないことが理由の一つなら、尚更この方法しか残っていないだろう。
「そこで術を使って戻ってくるか……そこでそのまま死ぬかを」
「え」
深淵から小さな声が返って来たが、それでもやはり感情など篭ってない響きだった。感情が揺り動かされたのではなく、単にこちらの発言に触発されて溢れただけの声、でしかない。
それがひどく腹立たしいと思うのは、自分も傲慢だからだろうか。
真剣に死を提示されてもこの反応では、はなっから生徒を殺す度胸もない学園都市の教師陣なんかにどうにかできた筈がない。
「言っておくけど、私は本気だから」
この子は、死を何とも思っていない。
正しくは「自分の死」を、だろうか。
魔術で深淵に意識を閉じ込めている関係で、その意識の一端が繋がり伝わってくる。
そのせいでわかってしまうのだが、クリアという少年の感覚においては、そういう年頃だからとかいう問題でなく、もっと根源的な部分で、己が死ぬということに対しての拒絶感が無いように思える。
何にせよそれは、年齢不相応な認識だ。
いや、人が生きる上では不要なものだ。
「喜びなさい? 死んだら、私が最後を看取ってあげるんだから」