稀にみる劣等生は退学した

文字数 1,738文字

 魔術学園都市には毎年のように入学生が来る。
 魔術士あるいは素養のある者しか入ることができない都市ではあるが、その条件を満たしさえすればどんなに貧乏だろうが、或いは保証人すらいない孤児であろうが学園に入ることが出来る上、学園内の生活は全てが無償提供される。そうとなれば、身寄りのない子の受け皿となるは容易く、世界中から行き場のない子が集まって来る。
 ではそういう子らだらけといえば全くそうでもなく、魔術研究の場としては世界有数で、一都市でありながら総合魔術研究国家アルカーヌムにも匹敵する歴史と実績があるとなれば、名家の子らも含めた普通の子らも集まって来る。
 そんな特殊な都市が、大きな問題もないまま長く運営されてきたのは、都市が属する国自体が特殊な構造をしていたからだろう。
 知恵の国とも呼ばれるシャリーゼの中の一都市。
 学園都市運営の基盤は、魔術学園都市より前に生まれ成功していた、国内のその他都市を真似て用意されている。
 人材育成の場たる学園を中軸とし、研究開発による知財の提供を主たる財源に。世界中の関係者に門戸を開きながらも、関係者以外は絶対に入れないという構造による、神秘性と秘匿性の維持。
 都市の主要研究に関わる者、魔術学園都市の場合は魔術士しか入れないという極めて限定された条件も含めて他都市と同じ構造をしている。これはシャリーゼ内にある全都市の特色だ。
 そうして先達たちの残した資産を元に、入学前の優劣を問わず多くの子らが育成され、その子らが育った後に一部が都市で(或いは他国との関係で)生み出す大きな利益によってさらに未来の子らが育成される。この都市は、人を育成することによってその経済を維持して来た。
 故に、条件さえ満たしていれば入学前がどういう立場だろうが問われない。
 入学後も、目立った成果は求められない。
 魔術士でさえあれば、その後結果が残ろうが残るまいが関係なく、一定の生活水準が保証された都市で暮らしていける。
 過去の時代、地域などによっては激しく迫害された魔術士の最後の受け皿としての機能も果たして来たその都市は、条件を満たしたものには寛容である。よほどの犯罪行為が無ければ、死ぬまで在住することも可能だった。

 が、規則には当然、そこに嵌らない例外というのもあり。

 魔術学園都市は魔術士に寛容な反面、魔術士以外には非常に厳格である。
 魔術士でない人間は、入ることすら敵わない。
 そして滅多にいないが、素養を持って入学が認められやって来たとしても、魔術士になることが出来なければ……行く末は、退学という名の都市外永久追放以外になく。
 ここで退学の烙印が押されたら最後、もうどこに行こうがほぼ弟子入りすら断られ、魔術士になる道は失われる。
 まずもって真面目に勉学に励んで普通に指導を受けていれば、素養がある限りいつの間にか魔術士になっているものだし退学などほぼありえない話であったが、この世には例外があるからこそ規則が定められているのである。


 その日、彼は、簡素な書面でもって退学を言い渡された。


 都市に来て数年、教師や研究者たちにあらゆる手を尽くされても魔術士になれなかった彼は、渡された書面を黙って受け取り、これと言って反論することもなく退学の手続きをとって学園都市を去る準備をした。
 素養のあるものが退学になる場合、仮に名を変え姿を変えようが二度と入ることができないように、その存在自体を魔術的に登録され半永久的に追放扱いとなる。犯罪者と同列の扱いだが、この都市が魔術士のみしか入れないことを考えれば当然の処置でもあって、彼は特に名残惜しそうな様子も見せずに淡々と手続きを終わらせた。

 名残を惜しむような友人も、思い出も、無かった。
 彼自身が拒んでいたのもあるし、出来損ない期間が延びるにつれて周囲が勝手に去って行ったのもある。
 特に彼の場合、いつまでも出来損ないでありながら筆記試験だけは首席だった辺りでも一部から反感を買っていたので、退学の知らせを知って喜ぶ者はあれど、惜しんでくれる相手に心当たりもなかった。
 それを寂しいとは思わない。
 彼にとっては、どうでも良いことだった。

 自分も、周りも。


 そしてその日のうちに学園都市を出た。 
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