代表首席は激怒した 3

文字数 2,050文字

 身体能力も、知能も、魔術の才も、容姿まで優れた、一見非の打ち所の無さげな生徒。
 だが教師たちをもって「担当したくない」と揃って言わしめたのは、その性格ただ一点である。

 とにかく豪胆にして苛烈。
 美人にありがちな、許されると思ってるからこその勝気やわがままとはまた違う。
 エメラルドはその思考の中心に、極めて合理的な論理的思考を持ちつつも性格の激しさを同居させるという、複雑な思考回路を持ち合わせていた。

 ただ、合理的がいき過ぎて一般的に関係を温厚に保つための常識だの暗黙の了解だのが抜けたり、時に目的のためなら一切の手段を問わないところがある。今回扉を破壊したのも単に「それが最も効率よく早く中に入れる選択肢だったから」であるのを彼は知っている。
 その辺の設備の破壊程度では、自分が学園に齎した多くの功績(実利益)には遠く届かないと理解しているのだ。
 単なる怒り任せの破壊ではない。根底ではひどく合理的な計算のもと、それが割に合わない行為じゃないと判断している。

 元々教師職であった現学園長レオロラン=アディールは、生徒を観ることにかけて非常に卓越した視点をもつと周囲に評価されているし、彼自身もその自覚があった。
 その彼にとって稀代の天才にして問題児エメラルド=リリアは、一見単なる暴力的で身勝手でわがままに思えるその言動全部、実は本人の基準において何らかの合理性に則って行われている。
 善悪で考えるなら「いかに悪のような振る舞いをしていても、合理的な理由でもって絶対に悪に転ぶことのない者」だという評価である。途中いかなる悪のような言動をしようが、結末において悪となる事だけはしない。悪事の結末というのがすべからく合理的でないが故、エメラルドは悪に転ばない。

 危うい存在だ、と思う。

 その名に冠している宝石のごとく、その輝きを維持するための管理監督には極めて手がかかるし理解も必要だが、いざ目の前にすれば今度はその魔的な魅力でもって誰彼問わずに深く魅了する。
 教師たちが手に負えないと投げ出しながらも誰一人彼女を嫌っていない辺りがエメラルドの恐ろしい所かもしれない。
 眺めるだけでも吐息が漏れるような魅力を振りまく少女なのだ。己が手に負えなくても、じゃあ曇ってしまえ壊れてしまえ捨ててしまえと思えないほど、彼女は魅惑的な存在である。そこにいるだけで人の目を惹く。惹きつける。

 もちろん、今現在胸倉を掴まれたままの彼ですら。
 こんなことをされても、怒り一つ湧いてこないのだから、学園長のくせに生徒に不平等だと誹りを受けかねない程度にはエメラルドに甘い自覚があった。
「先ずは落ち着きなさい。何を言いにきたのだ、エメラルド」
「掲示板。退学のお知らせ」
 冷静に問いかけてみれば、エメラルドの緑柱石の目が怒りにギラギラと輝きながら彼を睨みつけてくる。

 その言葉に思考を辿り……そういえば最近、珍しく退学者を出したのだと思い出した。
 名前も覚えていないが、会議で「もうどうしようもない」と主要教師全員一致の結論が出た上で、正規の手続きを行った。当の生徒は異論を申し伝えることもなく粛々と受け入れたと聞いている。

 だが、それと目の前の激しい怒りが、結びつかなかった。
「それが、どうした?」
 入って2年程のその生徒と、生徒代表首席エメラルドに、関わりがあったなど聞いたことがない。
 学年が異なるし、仮に向こうが彼女を知っていることがあっても、見た目の華美さに比例するかのように他者に興味が薄く、親しい友人すらほぼいないこの生徒が知っている可能性は低そうに思えた。
 そもそも学園都市の制度的には、まだ親しくなれる筈がない。
 該当の退学生は、筆記の成績は常に首位だったそうなので掲示板で名前を見る程度の機会はあったかもしれない。だが、エメラルドが下の学年の成績優秀者を常に気にかけるとも思えない。
 ついこの前、偶然ここへ面会に来た一つ下の学年首席のことすら知らなかったのに。
「前に、言ったわ。次に退学者が出そうな時は、退学にする前に私に寄越せって」
「……? ……あぁ。そういえば、そんな会話もあったか?」
 すぐに思い出せなかったのは、決して歳のせいではない。
 その会話自体が、2年も前、彼女が学園長直轄になったその頃に、一度だけ交わされただけのものだったからだ。
 直轄になったばかりの彼女を知るためにあれこれと多くの会話して過ごした当時、しかも雑談の中で出たその話を、今になって覚えてないのは無理からぬ事だ。むしろ思い出せただけ奇跡である。
「忘れてたのね?」
「そうだな」
 そんな会話を覚えていろという方が無茶だろう。
 だが、素直に頷く学園長に、エメラルドは怒りの視線を向け続ける。そのあまりの強さに、さすがにちょっと罪悪感がわいてきたけれど、顔に出すことはしなかった。

 子どもとの会話を忘れるのは、大人にはよくあることだ。

 だから問題ないとまでは言わないものの、いちいち気にしていては大人をするのは難しいのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み