退学者は揺蕩う 2

文字数 1,387文字

 本来なら腹をたてるべきなのかもしれない。
 人の人生をどう思ってるんだと、おもちゃにするなと、そういう発言を返しても良かったのかもしれない。

 何しろ、提示された理由の半分以上はエメラルドの我侭と断言できるものである。もっと言えば「クリアのため」なんていうお題目は一切どこにも含まれていない。
 普通に考えれば最低だ。

 でもだからこそ、クリアはひどく納得してしまった。そして理解できてしまった。

 下手に貴方のためなんて並べられたら、それこそ相手が真意など述べてないと思ってしまっただろう。
 人間がそんな生き物だと彼は思っていない。そういう建前を並べたがる生き物だとは思っているが、本音の部分で人は、特殊な事情でもなければ常に己を優先して思考するものだと考えている。
 相手のためなんて行為すら、突き詰めれば己自身の利益のためのものばかりだ。人は誰しもそんな風に自分の生を謳歌していると認識していた。
 例えば、感情の大部分は、利害によって揺り動かされるものだ。利すれば喜び、害あれば怒る。己という存在にとっての利益を測り、行動を選ぶ。良し悪しは別にして、人はそういう生き物だと思っている。

 そんな彼にとって、彼女の並べた3つの理由、特に3つ目は、身勝手だからこそ信用に値したし、なるほどと思ってしまった。
 同時に身勝手だからこそ、こっちが余計なお世話と迷惑がろうが引く気はないのだろうと理解した。
「依頼主は?」
「言うと思う? 気になるなら自分で考えなさい。私がそんな依頼をされて、動いてもいいと思う相手が誰なのかってね」
 質問はさらっと流されてしまった。
 これはもう確実に教えてくれる気がないだろうなとわかる。

 エメラルドという上級生は、学園で最も有名な生徒だった。

 学園長の名前も出てこない生徒ですら、彼女の名前は知っているくらいに有名だが、その有名な理由のほとんどが所謂「悪い噂」である。特にその性格・行動に関しての話は数多く、根拠のないものだらけならまだ良かったが、破壊痕や掲示板の呼び出しと共に根拠が示されているものに関しては誰もが信じざるを得なかった。
 本人は知っているかわからないが魔術学園都市内でのエメラルドの裏の呼び名は「緑の暴れ神」である。
 大人の思うようにもならない様を、人間に手の負えないものとしての神扱いされる程度には、この生徒代表首席は生き様がはっきりしていた。
 教師のみならず、学園長の思う通りにも動かないことで有名なその彼女が依頼されてここまでするからには、その相手は学園の教師や生徒まして学園長などというこちらが想像できる範囲の存在では無いのだろう。
 クリアには、彼女に依頼し、あまつさえそれを受けてもらえるような誰かなんて想像もつかない。
 この彼女が動いてもいいと思うような相手がどういう存在かなんてわからない。
 ただ、本当にこの人は自分の好きなようにしているんだなということを理解して。

 ああ、それなら仕方ないと。

 どこか酷く安心してしまった。
 何かのために仕方なくなんて理由じゃなく、本人が好きなように振る舞いたくてそうしているのなら、結果的にそれで自分が死ぬことになるとしても問題ない、と。むしろそういう振る舞いに巻き込まれて死ぬならば仕方ないと。
 理由ができたことに、安堵してしまった。

 ずっと探していたものを、やっと見つけたような気分で。
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