退学者は思い出す 2

文字数 995文字

 魔力が尽きていく気配とともに、意識がだんだん細くなっていくのを感じる。
 体は無事だから息ができないという訳ではないが、力尽きて緩やかに深い水の底に落ちていくのはきっとこういう感じなのだろう。その先に色濃く存在する死の気配も含めて。
 抵抗する気もなく身を任せるまま、薄くなっていく意識の向こうから、声が届く。
「本気で死にたいのかしらね」
 こちらに話しかけている訳ではないようだった。
 おそらく体のそばにいるエメラルドの声を耳が拾ってしまっただけで。まだそれができる程度には体と意識は繋がっているらしい。


 死にたい?


 その言葉にひっかかりを覚える。
 このままでは死んでしまうというのは確かだ。声の様子からしてエメラルドは途中で止める気もないようだし、今の状態がもう少し続けば、遠からず自分は死んでしまうのだろう。
 ただ、「死んでしまう」のと「死にたい」のでは、響きが全く違う。

 死んでしまうのは結果だ。どうしようもない結末の果てのもの。
 死にたいは、願望だ。そこから死に繋がる道を選ぶのは、自ら死のうとするのと同義である。

 本気で死にたいのか、という言葉は、彼女にとってクリアがこのままの状態を続けることは、彼自身が望んで死を選んでいることと同義だから出てきたものだろう。
 確かに、このまま死ぬのなら仕方ないとは思っていた。偶然のように死んでしまうなら仕方ないだろうと。
 だが、自死となると。


「頑張れ。笑って生きろよ、クリア」


 ああ。
 それは、ダメだ。

 最後の約束を、最後の願いを、違えてしまう。

 自ら死ぬということは、生きることの放棄だ。
 生きろ、という言葉の真逆だ。
 そんなことをする為に助けられたんじゃない。
 好きに死んでいいなら、あんな言葉は言われていない。

 誰より自由であることを求めて、自由である価値を知っていた彼がああ言ったからには、きっとそれなりの意味があるのだ。こちらの死ぬ自由を縛る言葉を、単なる思いつき程度の軽い気持ちで言うとは思えない。
 まだその意味はわからないけれど、だからといって約束は違えられない。


 いや、違う。
 違えたくない。
 一番最後に残った、唯一のつながりだから。


 それを選ぶことだけはできないから、何もないのに、生きてきたのだ。
 生きる理由がよくわからないままでも。

 まだ笑ってもいない。頑張ったかもわからないこんな状態で、しかも自死なんて。
 選べない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み