不肖の弟子が預かったもの

文字数 1,904文字

 結果として言えば、師匠は最後まで約束を守ったのだろう。


 一般的にはまだ若い年齢で幼子を残して早死にしたけれど、その死の原因において弟子の彼は一切の関わりが無いままであった。
 しかも彼女は最後の最後まで、望む通りに生きて死んだ。傍目から見て幸福だったかは別にして、本人は自分の生き様だけなら特に後悔していないだろう。
 唯一にして絶対、後悔しそうな残される娘の問題に関しては、自分の身代わりとして彼を呼び出して、押し付けるような形で娘の未来を丸っと任せてきたのだから。
 その点においてはある意味、死の間際まで盾のように使われたのは間違いない。


 言葉通りに最後の最期まで弟子を使い倒していった。
 師匠の代わり、クリアは師匠の面影が色濃く残る幼い娘を守る。



 最後まで身勝手を貫いた師匠は、弟子としてクリアを鍛えたその期間の中で、彼に何度も言っていた。
「貴方は、根無し草なんて似合わないわよ。だってそもそも貴方の中の幹ってぐらっぐらで、善悪の判断すら覚束ないっていうか、むしろ放っときゃ悪寄りになるのが貴方の本質なんだもの」
 責めるでもなく、単なる事実として。
「悪はいつか世界の敵になる。そうなれば何をするにせよ苦労するのは貴方自身よ」
 悪自体は特に問題ではなく、それによって被る不利益を問題としているあたりが彼女らしかったが。
 雑談の中で、あるいは修行の中で、事あるごとにエメラルドは言ってきた。
「世界の敵になりたくなければ、貴方は貴方の幹であり根拠となるべき相手を見つけなさい」
 そうは言うけれど、自分はその幹にならない人だった。
 思うに、自由でありたい彼女にとって、誰かの幹になるのは自由を奪われるに近いことだったのだろう。ただ、師匠としてだけ、ずっと弟子である彼の行く末を心配していた。
 卒業試験と称した無茶な課題もどうにか突破し別離が決まっても、別れる瞬間まで早く誰か見つけなさいよと言っていた。
 その後は互いに互いの近況報告すらせず、数年音沙汰なく過ごした。




 結局誰も見つけることなく居住地を定めることもなく何年もフラフラとしていた弟子を突然謎の手段で呼び出した彼女は、その時にはもう死にかけていて。
 殺しても死ななそうな彼女しか知らなかった彼は、顔には出さないままで酷く衝撃を受けてしまったが。
 死の淵にいても、エメラルド=リリアは彼女のままだった。
 伏せったまま動けない床の上から、何も変わっていない弟子を見て呆れていたけれど、でも丁度いいわと言って出会った頃の如く自分の用件を押し付けて来たのだ。

 貴方、死んじゃう私の代わりに、私の娘を守りなさいよ、と。

 師匠の子とはいえ、誰かの命に責任を持つなど青天の霹靂でしかない。
 さすがに即決はできず、かと言って身勝手気ままなその言葉を拒絶もできず。死の間際という状況でありながら取り敢えず考えるための猶予を少しだけ貰ってしまったけれど。
 きっと、師匠には結果が見えていたに違いない。
 何年経っても変われなかった弟子が、最後まで気ままに振る舞う師匠の提案を断れるほどの意志など持てていないこともそうだったけれど。瞳の色以外は師匠にそっくりな見た目をした、けれど彼女とは全く違うその幼い娘を観察した彼が、誰にも言っていない自分の過去と娘を重ねてしまうのは直ぐだった。

 どんなにそれが抱えきれなそうな重荷でも、放り投げることは出来そうもなく。
 むしろ、その重荷に最後潰されるならば、今度こそ自分は頑張ったと思えるのではないかと思ったのだ。

 数日後、依頼を受けた彼にエメラルドは嬉しそうに笑った。
「未来の貴方たちが見られないのが残念だわ」
 死にゆく自分を厭うのではなく、残す弟子と娘を想っている表情は、見たこと無い程に穏やかだった。
「きっと、楽しく過ごしてるでしょうから」
 時折本当に未来が見えているかのような物言いをする師匠は、その時も未来がそうであるかのように断定をして、また笑った。




 遠く、長い時間の向こう。

 春先に空へ魚を飛ばしたりだとか。
 真夏に城一つを氷漬けにしたりだとか。
 真夜中にやって来たカボチャ大魔王と遊んだりとか。
 真冬に怪しい年寄りに変装して届け物をしたりだとか。
 家の入り口に謎の置物をしたりとか。
 決め台詞を吐きつつあちこちに穀物を投げたりだとか。

 己の弟子が、奇妙奇天烈な言動を稀に起こしつつも。
 幼いとは言えなくなった娘や、あれこれあって増えた大事な人たちと一緒に、毎日普通に笑いながらなんだかんだ楽しく過ごす日々が訪れるなんて事は、先見をするエメラルドも想定していなかったけれど。
 知れば知ったで、ただ喜ぶだけの話だっただろう。
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