代表首席は飛び出した 1
文字数 1,655文字
約束を忘れていたのは悪かったとして、だがそれでも何故ここまでエメラルドが怒っているのか、レオロランには今ひとつ理解が出来なかった。
この少女は、極めて合理的思考で成り立っている。
単に「約束を違えられた」というそれだけで癇癪を起こすような性格はしていないし、仮に違えたとして怒るまでに至る可能性は低い。俯瞰的に考えた場合、怒りという行為に合理性が薄いことが多いためだろう。
だから今、ここまで怒っているからには相応の合理性がある筈だが、どうにもそこがわからないのだ。
けれど彼女のことだから、きっとこちらから正しく説明をすれば霧散する筈だ、と思い直して言葉を選ぶ。
「だが、エメラルド。あの生徒は」
嘘を言う気はない。エメラルドに嘘は通じない。説明をするとしても、出来るだけ正しくありのまま、本当のことを言わなければならない。
退学理由を思い出す。
該当の生徒は、充分な魔術士の素養があった。
座学の成績も「魔術士未満でありながら」常に首位という、極めて異例の結果を出していた。
だが、学園都市内で何をどうやっても、魔術士になることは出来なかった……成果を出すまでの猶予に数年かけたことすら異例だったが、それでも魔術士にはなれなかった。なまじ成績がよかったからこそ諦めきれず多くの教師や研究者が挑み、しかしどうしても現実は変えられずに退学に至った。
過去の退学者と、同じく。
「どうやっても、魔術士になり損なった。稀にいるのだ。ああいう、素養はあるにも関わらず、決してなれないものが」
学園都市の歴史上、何名も記録に残っている。
多いとはいえない数だが、実在は確認されているのだ。
理由は未だ解明されていないが、何をどういう風に指導しても、決して魔術を使うに至らなかった……魔術士になれなかった者たち。世界的にみればもっと多くの記録が出てくるのだが、どちらにせよ現在までその理由は不明とされている。
なりそこないについては、学園都市ですら数が少なく魔術には直結しないことや都市の規則もあり、歴史的に研究者が少ない分野だった。現在は不在だった筈。
ごく稀にそんな者たちが後日魔術士となった例もあるようだが、やはりその理由は不明なまま。
今回も教師たちは長く前例を覆そうと努力を試みたが、もうどうしようもないと言い切れる程度には成果が出なかったのだ。
それを責めるべきではない。彼らはこの都市の教師あるいは研究者として、やるべきことはすべてやったのだから。
エメラルドは聡い。こんな性格ではあるが、その賢さは疑うべくもなく、実際成績にそれは現れている。だから、ここまで言って理解できないはずがない。
「手段などない。それは歴史的にも明らかだ。今回も、どうしようもなかった」
「当たり前でしょうが!!」
静かに、言い含めるように事情を伝えた彼に、返ってきたのははっきりとした断定だった。
胸倉を掴んだままで、エメラルドは緑柱石の目を揺らしつつ言う。
「アレを、あの子を、ここの教師陣がどうにかできる訳ないでしょう! わかってたの、わかってたわよ、そんなもの! だから、約束してもらったのに、この耄碌ジジィがっ」
「エメラルド?」
激しい言葉でこちらを罵ってくる少女。
こんない言い方は、普段の彼女ならまずしないものだ。揶揄い混じりならまだしも、怒りに我を忘れて選んでいるにしても彼女らしくない。まだ呼び捨てにでもされた方が冷静さを疑えただろうに、とすら思う。
だがその乱れた言葉遣いを正すより前、妙にいくつもの言葉がひっかかる。
「2年も。私は、待ってたのに。忘れて、退学にするとか、最低っ!!」
「待て。何を言っている。それではまるで」
矢継ぎ早に続けられる言葉。こちらを責め続ける少女。
だが。
あの生徒が学園都市に入ってきたのは2年前。
エメラルドが約束を持ちかけてきたのは2年前。
それではまるで、あの生徒のことを知った上で、あの生徒が「最初からそういう末路を辿ると知った上で」、彼女は自分と約束を交わしたようではないか。
この少女は、極めて合理的思考で成り立っている。
単に「約束を違えられた」というそれだけで癇癪を起こすような性格はしていないし、仮に違えたとして怒るまでに至る可能性は低い。俯瞰的に考えた場合、怒りという行為に合理性が薄いことが多いためだろう。
だから今、ここまで怒っているからには相応の合理性がある筈だが、どうにもそこがわからないのだ。
けれど彼女のことだから、きっとこちらから正しく説明をすれば霧散する筈だ、と思い直して言葉を選ぶ。
「だが、エメラルド。あの生徒は」
嘘を言う気はない。エメラルドに嘘は通じない。説明をするとしても、出来るだけ正しくありのまま、本当のことを言わなければならない。
退学理由を思い出す。
該当の生徒は、充分な魔術士の素養があった。
座学の成績も「魔術士未満でありながら」常に首位という、極めて異例の結果を出していた。
だが、学園都市内で何をどうやっても、魔術士になることは出来なかった……成果を出すまでの猶予に数年かけたことすら異例だったが、それでも魔術士にはなれなかった。なまじ成績がよかったからこそ諦めきれず多くの教師や研究者が挑み、しかしどうしても現実は変えられずに退学に至った。
過去の退学者と、同じく。
「どうやっても、魔術士になり損なった。稀にいるのだ。ああいう、素養はあるにも関わらず、決してなれないものが」
学園都市の歴史上、何名も記録に残っている。
多いとはいえない数だが、実在は確認されているのだ。
理由は未だ解明されていないが、何をどういう風に指導しても、決して魔術を使うに至らなかった……魔術士になれなかった者たち。世界的にみればもっと多くの記録が出てくるのだが、どちらにせよ現在までその理由は不明とされている。
なりそこないについては、学園都市ですら数が少なく魔術には直結しないことや都市の規則もあり、歴史的に研究者が少ない分野だった。現在は不在だった筈。
ごく稀にそんな者たちが後日魔術士となった例もあるようだが、やはりその理由は不明なまま。
今回も教師たちは長く前例を覆そうと努力を試みたが、もうどうしようもないと言い切れる程度には成果が出なかったのだ。
それを責めるべきではない。彼らはこの都市の教師あるいは研究者として、やるべきことはすべてやったのだから。
エメラルドは聡い。こんな性格ではあるが、その賢さは疑うべくもなく、実際成績にそれは現れている。だから、ここまで言って理解できないはずがない。
「手段などない。それは歴史的にも明らかだ。今回も、どうしようもなかった」
「当たり前でしょうが!!」
静かに、言い含めるように事情を伝えた彼に、返ってきたのははっきりとした断定だった。
胸倉を掴んだままで、エメラルドは緑柱石の目を揺らしつつ言う。
「アレを、あの子を、ここの教師陣がどうにかできる訳ないでしょう! わかってたの、わかってたわよ、そんなもの! だから、約束してもらったのに、この耄碌ジジィがっ」
「エメラルド?」
激しい言葉でこちらを罵ってくる少女。
こんない言い方は、普段の彼女ならまずしないものだ。揶揄い混じりならまだしも、怒りに我を忘れて選んでいるにしても彼女らしくない。まだ呼び捨てにでもされた方が冷静さを疑えただろうに、とすら思う。
だがその乱れた言葉遣いを正すより前、妙にいくつもの言葉がひっかかる。
「2年も。私は、待ってたのに。忘れて、退学にするとか、最低っ!!」
「待て。何を言っている。それではまるで」
矢継ぎ早に続けられる言葉。こちらを責め続ける少女。
だが。
あの生徒が学園都市に入ってきたのは2年前。
エメラルドが約束を持ちかけてきたのは2年前。
それではまるで、あの生徒のことを知った上で、あの生徒が「最初からそういう末路を辿ると知った上で」、彼女は自分と約束を交わしたようではないか。